基本演習

作文・小論文 基本確認演習1

 『ねこの小論文・作文講義』では、文章を書く上での本当に基本的な約束事については、P2からP5にさらりとまとめて箇条書きにしました。これを各自でいつも見返し、自分の作文を確認してくれればいいのですが、なかなかそうはうまくいかないようで、何度作文を書かせても、文章の中に公的な文章では使わない方がよい話し言葉がいつまでも入ってきます。
 ここでは、もう一度このような作文以前の基本的な確認事項を確認しておきましょう。

次の文章を整えてください。(内容まで変更する必要はありません。)
 自分は、商業高校に通っているが、自分の高校は部活がすごく盛んで、自分の入っているバレー部も全国大会に何度も出場しています。
 バレー部では、全国大会制覇に向けて厳しい練習をしました。そのことで、部に入っていない人に比べ、人間的に大きく成長できたと思います。
なので、この高校を選んだのは、やっぱりよかったかもしれないと思う。

 

文体を統一する

 一読して、「です・ます」体と「だ・である」体が混ざっていることに気がつくでしょう。文章を書く場合、この二つの文体を混ぜて使っては絶対にいけません。
 高校生は「です・ます」で丁寧に書かないと失礼な気がして、「です・ます」を使いたがりますが、そんな心配は無用です。小論文・作文では、「だ・である」で書く方が書きやすいし、同じ内容ならその方が幼稚くさくならずにすみます。文章を書く上では、「だ・である」が基本、「です・ます」は応用編だと考えてください。(『ねこ』P3 7
 ですから、文章を書き慣れない人がまず第一に取り組むべき課題は、「だ・である」で書くと「えらそぶって書いていると思われはしないか」というような自意識過剰の気持ちを捨てることです。一刻も早く「だ・である」の文体で書いても違和感を感じないようになるべきです。(「書くことへのてれを捨てる」)

なぜ文体が混ざってしまうのか

 このようなことになるのは、「だ・である」が基本の文体だと聞いて、初めは「だ・である」で始めようとするのですが、自分の体験などを語るときにその感想を丁寧に書かなければならないような気がして、そこから急に「です・ます」の文体になるからです。
 文章を「だ・である」で始めた以上、最後まで「だ・である」で通しても、読者に失礼なことは一切ありません。下手に採点者(読者)を意識してそこだけ丁寧な物言いになるのは絶対に避けましょう。
 この問題の採点については、すべての文末を「だ・である」か、「です・ます」かのどちらかで統一します。作文の上達という観点からすると、「だ・である」に一刻も早く慣れる方が望ましいと思います。(ただし採点する時に、どちらを選んだから何点減点ということは好ましくありません。)

「自分」のことを「自分」と言わない

 特に運動部の人に注意してほしいのは、「自分」のことを「自分」と書くことです。「自分」のことを「自分」と呼ぶのは、軍隊で行われた習慣だと聞いたことがあります。その習慣が体育会系の部活動をする人に受け継がれているのでしょう。
 この呼び方は、それに慣れっこになっている人たちにすれば違和感を感じないでしょうが、それに違和感を感じる人も結構多いのです。作文で自分のことを書くときには、男も女も「私」が基本です。
 自分のことを「私」と書くのは、慣れない人には面(おも)はゆく感じられ、「自分」という表現を使いたくなってしまいます。しかしこれも上の文体の問題と同じで、慣れていないが故(ゆえ)の自意識過剰からくる行為です。
 そんな自意識過剰はさっさと捨ててしまって、文章言葉の基本の文体に早く慣れなければいけません。(『ねこ』P3 6

略語・話し言葉を使わない

 「部活」が略語です。「部活動」としなければいけません。「バイト」などもきちんと「アルバイト」と書きましょう。(『ねこ』P3 4


 「すごく」、「やっぱり」は話し言葉です。この例では、「とても」「やはり」などを使います。話し言葉では使えても、文章を書く場合には使わない方がよい言葉がいくらかあります。それほどたくさんではないので、なるべく早くこれらの言葉に注意する習慣を身につけましょう。(『ねこ』P2 1
 文頭に使う「なので」も話し言葉です。使うなら他のつなぎの言葉を考えましょう。ただしこの例文の場合は、取ってしまっても文の構成はきちんと分かるので、下手につなぎの言葉を入れるよりは、この「なので」を取ってしまうだけの方がすっきりするでしょう。

「が」に注意

 自分は、商業高校に通っているが、自分の高校は部活がすごく盛んで、自分の入っているバレー部も全国大会に何度も出場しています。

 上の文の「が」でつながっている前の部分と後の部分は、どのような意味関係でつながっているでしょうか。ちょっと考えてみれば、ほとんど関係がないもの同士がこの「が」でつながっていることが分かるでしょう。「が」にはこのように、順接でも逆接でも、果てはほとんど関係がないようなものでもつなげてしまう働きがあります。
 書こうとしている事柄の因果関係をきちんと捉えきれずに文章を書こうとすると、やたらとこの「が」が出てくる文章ができあがります。内容はともかく形の上では文章がつながっているので、書いている本人も、自分が書いている文章の理屈が通っていなくて、雰囲気だけでつながっていることに気がつきません。
 この「が」はうまく使えばつながっていないものをさもつながっているように見せかけるような使い方もできます。しかしこれを無意識に使う限り、書いている本人にさえ論理構造の不完全さに目隠しさせてしまうたちの悪い言葉なのです。
 少なくともこの「が」を使おうとするときには、「が」に、このような側面があるということをしっかりと自覚した上で使うことが必要です。(『ねこ』P38「『が』に注意する」、『超入門』「『が』にご注意」
 この文章の場合は、「商業高校に通っている。私の高校は」とつなぎの言葉を使わずに二文に分けます。

「ねこの小論文講義」はすばらしいかもしれない?

 この文章の「いいたいこと」=主題は、「この高校を選んでよかった」ということでしょう。その主張のメインの部分で「かもしれない」はいただけません。「かもしれない」ということは、「でないかもしれない」、すなわち「よかったのか、悪かったのか私には分っかりませーん!」と言っているのと同じことなのです。
 そんな無責任な文章を読まされる人のことを考えてください。「よかった」と言い切る自信がないから「かもしれない」とごまかすのです。そんな文章で満足してはいけません。自信がなければ、「少なくともここまでは言える」というところまで考えて、それから初めて文章を書き始めるようにしましょう。(『ねこ』P60「※かもしれない」)
 なお、もう分かっているとは思いますが、念のために付け加えておくと、この頁のタイトルに使った「?」も、「分っかりませーん!」の「!」も、あなたが書く作文や小論文では使ってはいけませんよ。(『ねこ』P3「注意すべき言葉遣いなど」8

解答例

 私は、商業高校に通っている。私の高校は部活動がとても盛んで、私の入っているバレー部も全国大会に何度も出場している。
 バレー部では、全国大会制覇に向けて厳しい練習をした。そのことで、部に入っていない人に比べ、人間的に大きく成長できたと思う。
 この高校を選んだのは、やはりよかったと思う。

この解答例は何点?

 この解答例に皆さんなら何点をつけますか。文章の骨だけでたいした内容ではないのは確かにそうなのですが、論理の構成の仕方という観点からするとかなりしっかりしているはずです。自分が何をこの文章で訴えようとしているか。その根拠は何か。そのことをきちんとふまえて、逆に余計なことは一切言いません。生徒の皆さんが書いた文章は、「自分が何をその文章で言おうとしているのか」ということがあやふやになって、ついついそれらしいそこら辺のことを色々書いてしまい、これほどすっきりした文章構成にはならない場合がほとんどです。
 また、「部に入っていない人」などという言い方も、生徒の皆さんの作文とはひと味違います。生徒の皆さんなら多くの場合、「部に入ってない人」となるでしょう。ここで「い」がないからといって、「話し言葉口調だからダメ」とまでは決めつけてしまえるものではありません。ですが、「い」がある方がきちんとした崩れていない言い回しで、「い」を抜くととても砕けた言い回しになることは確かです。
 文章を書くことをめざして意欲的に取り組んでいるあなたは、なるべく早く、書き言葉の文体に慣れて、意識しなくてもこのような所まで感じ取って文章を書けるようにがんばってくださいね。

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