内容

文章の原型は好きなことを書くということ

自己表現をしやすい時代にはなったが

 「文章」というと、先生など誰か他人から宿題を与えられて、書きたいこともないままに、いやいや要求された字数の文章をでっちあげて、ますます「文章アレルギー」になっていくというのが、私たち多くのパターンではないでしょうか。
 自分の好きなこと・関心があることを自分から進んで文章にしようとする人がどれほどいるでしょうか。
 最近ではインターネットが普及し、個人が情報発信を手軽にできるようになりました。そこではホームページにしろ、ブログにしろ、他に与えられて文章を書く人たちではない、自分の表現したいという欲求を満たすために文章を書く人たちがいます。そういう意味では、かつて「文学青年」が、文芸部などで文集を作るぐらいしかなかった頃に比べると、現代は自分を自由に表現しやすくなった時代なのです。
 しかし、多くの人は依然として、そんな状況とは無関係に、作文嫌いのままです。

一番関心があることについて好きに書くのなら

 たとえば、「遊びについてでも何についてでもよいから、自分が今一番感心があることについて、自由に書きたいことを書いてください」といわれたらどうでしょうか。
 やはり、「何をどう書いてよいかわからない」ことには変わりがないかもしれません。しかし、これなら、「あれを書こうか」「これを書こうか」という材料くらいは、たくさん出てくるのではないでしょうか。
 それが文章を書くための素材なのです。その素材同士の関係や、その背後に潜(ひそ)む事柄を、一生懸命何を書こうか考える中で発見していくのが、「文章を書く」ということです。
 この場合、他人から興味のない問題についての課題を与えられた場合などに比べて、はるかに簡単に書こうという意欲も湧いてくるでしょうし、そこで書かれた文章も、内容がなくただ文字が並んでいるだけのものにはなりにくいはずです。つまり、このような題材なら、そこで話題にすることについての「問題意識」がある程度はっきりしやすいので、「本気で伝えたいと思う内容」も見つけやすいのです。
 このような「問題意識」を持った文章が、私たちの目指すべき文章です。たとえ他人から課題を与えられた場合でも、「自分に興味のないことを、人が喜ぶように書いたつもり」では、結局はまったく読むべきところのない、つまらない文章になってしまいます。そうならないように、他から課題を与えられたような場合でも、その与えられたテーマの中で、ちょっとでも自分が関心を持てる、興味を持って取り組めそうな部分を探して、自分が本気で言えることを見つけ出していく努力をしていかなければなりません。

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