添削指導の着眼点

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添削指導の着眼点

 添削指導の例を説明するのによい例文を提供していただいたので、考えてみたいと思います。
 この例文は、ある程度先生の手が加わっているので、言いたい内容がしっかり含まれているのですが、まだまだ「イイタイコトに向かって論旨が一貫している文章」とは言えません。
 どこをどう直せば、論旨の一貫した素晴らしい文章になるでしょうか。
 考えてみてください。

最近のニュースで印象に残ったもの(例文)

<元原稿>

 私が最近のニュースで印象に残ったものは2020年の夏季オリンピック大会の開催地に東京が選ばれたことだ。
 なぜならオリンピック招致活動の、プレゼンテーションの報道を見て、改めて日本の伝統的な心を再認識する事ができたからである。
 開催地決定の時刻は朝の5時過ぎだったが、我が家では両親も含めて家族全員でテレビ中継を見ており、東京が開催地に決まった瞬間、家族全員でハイタッチをして大いに盛り上がった。
 テレビ中継の中でも強く印象に残ったのは、滝川クリステルさんがスピーチで語った「おもてなし」と言う言葉だ。それまでも聞いたことはあったが、強く意識したことはなかった。実際にプレゼンの場で日本の伝統の心として紹介され、海外の人にも共感を得たと言う話を聞き、改めて「おもてなしの心」とは何かを詳しく知りたくなった。後日図書館で調べた結果、「おもてなしの心」とは家族と接するように裏表のない態度で相手に喜んでもらうために心を尽くすことを意味するのだと知り、改めて素晴らしい言葉だと思えた。
 日本には「おもてなしの心」以外にも「もったいない心」など日本文化を表す伝統の心は他にもあるはずだ。異文化の人と交流する機会が増えると予想される中、日本文化の特徴を正確に伝達できるように準備しておきたい。(600字程度)

一読後の印象

 一読して、言いたい内容はあるようなのですが、話がぎくしゃくしてどうも何を言いたいのか違和感が残ります。この違和感は果たしてどこから来るのかを考えないといけません。
 すぐに気が付くのは、「夏季オリンピック大会の開催地に東京が選ばれたこと」が印象に残ったと言いながら、それが「おもてなしの心」にどうつながっていくのかが分からないということです。
 それでもっとよく見ていると、1段落目「私が最近のニュースで印象に残ったものは2020年の夏季オリンピック大会の開催地に東京が選ばれたことだ。」と4段落目「テレビ中継の中でも強く印象に残ったのは、滝川クリステルさんがスピーチで語った「おもてなし」と言う言葉だ。」に、どちらも「印象に残ったのは」という言葉が出てきます。
 このどちらを筆者は言いたいのでしょうか。当然後者の方ですが、「夏季オリンピック大会の開催地に東京が選ばれたこと」で話を始めて、自分が本当に言いたいことが分かっていないために、3段落目の「家族全員でハイタッチ」などという、「イイタイコト」を印象付けるには無縁なことを挿入してしまったのです。
 ですから、1段落と4段落の「印象に残ったことは」をまとめて、「私が最近のニュースで印象に残ったものは、2020年の夏季オリンピック大会を東京に招致する際に行われた滝川クリステルさんのスピーチだ。」として、3段落目の「家族全員でハイタッチ」を削除してしまえば、それだけでかなり話がすっきりします。

作文を書くとは本当に言いたかったことを発見していくということ

 視点を変えて、作文を書く側からこのことを説明してみましょう。
 「最近のニュースで印象に残ったもの」という題が与えられて、書けけそうなことを色々全て考えてみます。その時には、

  • 夏季オリンピック大会の開催地に東京が選ばれたこと
  • 開催地に決まった瞬間、家族全員でハイタッチ
  • 滝川クリステルさんのスピーチ
  • 「おもてなし」
  • 日本の伝統的な心を再認識
  • 「家族と接するように裏表のない態度で相手に喜んでもらうために心を尽くす」という意味
  • 「もったいない心」
  • ・・・・・・

と、色々思いつきますが、その素材たちのつながりを考えながら、それらを通して自分は本当は何を書きたいのか、「イイタイコト」を探し出し、「それを言うために何をどういう順番で並べていくか」、逆に「関係のないものは何か」を整理していって、必要なものを取り上げ、不要なものは捨てて行く作業が、文章を書くということです。
 ですから、このような作業を通して、書いた人は、漠然と言いたいことがある状態ではなく、「自分が何を本当に言いたかったのか」そのことにはっきりと気づくことができるのです。

 

添削とは、言いたかったことを発見させる手伝いをすること

 添削をするとは、元の原稿から原作者の持っている素材を取り出して、関連付け、その中で原作者の言いたかったことを見つけ出し、それをすぐに教えてしまうのではなくて、原作者に気づかせて整理・表現させるということです。
 原作者が、自分の言いたいことを良くは分かっていないわけですから、添削者は原作者以上に思考力や知識が試されます。
 作文・添削について以上述べたことは、元原稿から改稿1を作る今よりも、むしろ、改稿1から次の改稿2を作成するプロセスで、より良く納得していただけると思います。
<改稿1>

 私が最近のニュースで印象に残ったものは、2020年の夏季オリンピック大会を東京に招致する際に行われた滝川クリステルさんのスピーチだ。
 彼女はスピーチの中で「おもてなし」と言う言葉を語った。それまでも聞いたことはあつたが、強く意識したことはなかった。実際にプレゼンの場で日本の伝統の心として紹介され、海外の人にも共感を得たと言う話を聞き、改めて「おもてなしの心」とは何かを詳しく知りたくなった。後日図書館で調べた結果、「おもてなしの心」とは家族と接するように裏表のない態度で相手に喜んでもらうために心を尽くすことを意味するのだと知り、改めて素晴らしい言葉だと思えた。
 日本には「おもてなしの心」以外にも「もったいない心」など日本文化を表す伝統の心は他にもあるはずだ。異文化の人と交流する機会が増えると予想される中、日本文化の特徴を正確に伝達できるように準備しておきたい。

まだ何か違和感があるぞ

 これで、ずいぶんと読みやすくなったはずですが、まだ違和感があります。
 スピーチの「おもてなしの心」がどうして印象に残ったのか、また、それを調べてみて、「素晴らしい言葉だ」と感じる心の動きが、どうもよくわからない(実感として伝わってこない)からです。
 それに、「もったいない心」などが加わると、内容がさほど無いのに「これでもか」というように知識をひけらかしているようで、正直あまりいい印象がありません。
 それで元の文章をもう一度よくよく見ていると、「おもてなしの心」が印象に残った理由がきちんと書いてありました。先ほどの改稿では、話を簡単につなげるためにカットしてしまった「なぜならオリンピック招致活動の、プレゼンテーションの報道を見て、改めて日本の伝統的な心を再認識する事ができたからである。」の部分です。
 すなわち、この作者は、滝川クリステルさんがスピーチで語った「おもてなし」という言葉から、改めて日本の伝統的な心を再認識する事ができたから」これが印象に残ったのです。これがこの文章の骨、すなわち「イイタイコト」でなければなりません。
 そのように考えてくると、「強く意識したことはなかった」のは、「おもてなしの心」という言葉ではなくて、「自分たち日本人のそのような他人に対する美しい態度だ」ということにも気が付きます。
 同様に、後日調べてみたのは、「おもてなしの心」の言葉の意味そのものではなくて、「おもてなしの心」が、我々日本人の生活にいかに色濃く反映しているかでなければなりません。
 そのあたりをきちんと伝わるように文章をもう一度改めると、とてもすっきりして気持ちの良い文章が出来上がります。
<改稿2>

 私が最近のニュースで印象に残ったものは、2020年の夏季オリンピック大会を東京に招致する際に行われた滝川クリステルさんのスピーチだ。
 彼女はスピーチの中で「おもてなし」と言う言葉を語った。それまでもこの言葉を聞いたことはあったが、我々日本人の良さを表す言葉として強く意識したことはなかった。実際にプレゼンの場で日本の伝統の心として紹介され、海外の人にも共感を得たと言う話を聞き、改めて「おもてなしの心」とは普段日本人の中でだけ生活していては気づかない日本人の良さを言い表している言葉なのだと気が付いた。
 この心についてもっと詳しく知りたくな、後日図書館で調べた結果、家族と接するように裏表のない態度で相手に喜んでもらうために心を尽くすことを意味するこの「おもてなしの心」は、我々の日常生活の様々なところに現れているのだと知り、改めて素晴らしい言葉だと思えた。
 日本には「おもてなしの心」以外にも「もったいない心」など日本文化を表す伝統の心は他にもあるはずだ。異文化の人と交流する機会が増えると予想される中、日本文化の特徴を再認識し、正確に伝達できるように準備しておきたい。
 

細々としたことをもう少し修正

 最後に、もう少し細かいところを修正しておきましょう。
 1文目、「私が・・・・・・ニュースで印象に残ったものは」の、「私が」は、「印象に残った」のが「私」ではないので少し気になります。「最近のニュースで私の印象に」の方が、少しはましでしょうか。
 3段落目、「この心についてもっと詳しく知りたくなり」の段落は、「知る」という言葉の重複が気になるかもしれません。どちらかの言葉を同意の表現に変えておく方が良いかもしれません。
 形式名詞「事」や、実質的な意味のない動詞である「言う」などは、最近ひらがなで書くことが多いようです。私は個人的にはそんな些細なことに目くじらを立てる必要はないとは思いますが、それに従った方が、印象が優しくなるとは思います。
 「事」は、元原稿で1回出てきていましたが、ここまでの推敲の過程で、既に全部が平仮名に書き改められています。
 もっと細かいことを言えば、元原稿では、同じ形式名詞に、「事」「こと」の2つの表記がありました。できれば同じ言葉の表記は統一しておくに越したことはありません。
 なお、これももう既にここまでの推敲の過程で削除されていますが、「なぜなら」という言葉は、数学の証明ならいざ知らず、あまりに理屈っぽすぎて、作文向きの言葉ではないと私は思っています。このような言葉を使って理由を振りかざさなければならないような文章を、私はこれまであまり読んだことがありません。「それは(というのは)・・・・・・だからだ。」もしくは、「・・・・・・なので、・・・・・・だ。」のような表現のほうが、日常使う日本語としては自然ではないでしょうか。
<改稿3>

 最近のニュースで私の印象に残ったものは、2020年の夏季オリンピック大会を東京に招致する際に行われた滝川クリステルさんのスピーチだ。
 彼女はスピーチの中で「おもてなし」とう言葉を語った。それまでもこの言葉を聞いたことはあったが、我々日本人の良さを表す言葉として強く意識したことはなかった。実際にプレゼンの場で日本の伝統の心として紹介され、海外の人にも共感を得たとう話を聞き、改めて「おもてなしの心」とは普段日本人の中でだけ生活していては気づかない日本人の良さを言い表している言葉なのだと気が付いた。
 この心についてもっと詳しく知りたくなり、後日図書館で調べた結果、「家族と接するように裏表のない態度で相手に喜んでもらうために心を尽くす」ことを意味するこの「おもてなしの心」は、我々の日常生活の様々なところに現れているのだと分かり、改めて素晴らしい言葉だと思えた。
 日本には「おもてなしの心」以外にも「もったいない心」など日本文化を表す伝統の心は他にもあるはずだ。異文化の人と交流する機会が増えると予想される中、日本文化の特徴を再認識し、正確に伝達できるように準備しておきたい。(540字程度)

分からなくなったら生徒の元原稿に戻る

 この原稿を添削するにあたって、私は、改稿2を作る時に、改稿1を元にしないで、もう一度元原稿に戻って、生徒の「イイタイコト」を見つけてきました。
 添削をした文章というのは、もう既に添削者の先入観(主観)によって、元原稿に元々含まれていた要素が削ぎ落とされたり、元々無かったものが付け加わったりしている所もあるので、添削をした原稿を元に更に添削を重ねていくと、元の原稿から、添削された内容がどんどん離れていって、添削者の主観を反映しただけの文章になってしまうということも十分にあり得ます。
 ですから、添削をしていて、原作者の意図や、表現するところがよく分からなくなってしまったような場合には、添削済原稿を元にどんどん添削を重ねていくのではなくて、もう一度元原稿に立ち返って、原点を確かめてみるという作業も必要かもしれません。

自分の文章ならもう少し変えたいところもあるが

 この文章が、私が書いた文章なら、もう少し表現を直しておきたい所もあります。ですがそれをすると、原作者の文章ではなくなって、「ねこふみお」の(趣味が反映された)文章になってしまいます。
 ここらあたりで添削を止めておくのが、潮時というところでしょう。

再び、添削とは

 世の中の多くの人は、「細々としたことをもう少し修正」で指摘したような「細々した字句を修正することが添削だ」と思っています。
 ですが、誤解を恐れずに言えば、「イイタイコトを発見させる」ということに較べたら、そんなことは大したことではありません。それは、元原稿、元原稿の字句だけを修正したもの、改稿2、改稿3を並べて、それを読んだ人がどれだけ心を動かされるかを少し冷静に考えてみればすぐに分かることです。
 そのことを分からずに道を間違ってしまうととんでもない添削をしてしまうことになるので、添削をする立場の人は肝に銘じておかなければなりません。(『内容あっての表現』参照)

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