体験は力を発揮する

体験は力を発揮する

 たとえば現役の准看護士さんが、看護士になろうとして小論文の課題を提出します。それと高校生が看護学校に入学しようとして小論文を書いたものとを比べた場合、同じ「看護士の使命」というような題について書いたとしても、内容の深さが変わってくるのは当然のことです。
 現役でそのことに仕事としてかかわっている場合、毎日責任感をもって生活の中心に据えてそのことに携(たずさ)わっているわけですから、それほど意識してはいなくても、高校生などで経験がない場合などよりもはるかに深く物事を考えています。
 ですから、たとえばこのような経験を持っている人が、小論文なり作文なりを書く必要ができた時には、日頃の実務の中で、実際に切実に考えていることの中から、自分が本気で仕事に取り組んでいることが感じられるような内容を選んで、文章にしていけばよいのです。
 文章を書き慣れない人は、小論文・作文というと、難しいことを書かなければならないような気がして、普段自分たちが現実に考えているのとは全く別の言葉で、抽象的な言葉ばかりを振り回そうとする傾向があります。しかし、またこれについては後に取り上げる予定ですが、抽象的な発言というのは、具体的な事実の裏付けがあって始めて意味を持ちます。自分がしている貴重な体験があるのに、それと全くかけ離れたところで抽象的な文章を書こうとするのでは、自分の持っている有利な点を捨てて、全く経験のない高校生などと同じレベルに降りてきて、頭でっかちな論理を振り回すようなものですから、非常にもったいないかぎりです。

勤労体験のない高校生はどうする

 それではそのような勤労体験のない高校生はどうすれば良いのでしょうか。高校生ですから、具体的な体験がないことが多く、どうしても頭でっかちな文章になってしまいがちです。しかしそのような場合でも、何も自分に関わりがないところで、建前だけの優等生の発言をしているよりも、その分野について何か自分の体験に基づいた発言ができれば、説得力は増します。「身内の者が病気をした時に〜」などという体験は、自分が与えられた環境というものがあるので、自分で選んで体験することはできません。しかし、例えば職場体験学習の機会や、一日体験入学の機会、またボランティアの分野などでは、高校生が参加できるものが色々あります。自分が目指す分野が何なのかは人によってそれぞれですが、それに関連がありそうな分野についての体験ができる機会は、こちらからお願いしてでも積極的に関わっていくべきです。

全く体験がなかったら

 体験がなくても、自分が進もうする分野についてなるべく多くのことを知ろう、知識を備えておこう、考えようという姿勢が大切です。体験に基づく思考もなく、その分野に関心を持って知識を蓄えていこうとする姿勢がない人が文章を書こうとしても、結局は何も考えていない人でも誰でもが思いつくような底の浅い建前だけのきれいごとをつらつら少しばかり並べていくぐらいしかしようがありません。
 大学の先生方は、小論文や作文の採点をさせられて、それこそそんな底の浅い文章ばかりでうんざりしています。ですから、積極的に関わろうという姿勢を持ってきちんと書いた文章なら、それほど驚くような特異なことをしなくても、必ず先生方は注目してくれます。
 言葉を換えれば、それほど受験生の意識のレベルが低すぎて、お話にならないということです。
 小論文だ作文だといってそこでしか通用しないような特殊な技術を手っ取り早く手に入れようなどと安直なことを考えず、当たり前のことを積み重ねて、小論文・作文対策をされることを期待します。

経験のない高校生の強みはないのか

 経験があることの強みを上で説明しました。それでは経験がない高校生に有利な点はないのでしょうか。
 経験がない高校生の強みとは、知らないが故(ゆえ)に、現実に押しつぶされることなく、夢を持っているという点です。現役で仕事に携わっている人は、現役であるが故に、夢や理想だけではかたづけられない現実の壁にぶつかって、惰性で仕事をしているということがあります。考えも浅く、経験もない高校生が、自分の存在を買ってもらえるとすれば、なかなか実際の生活では見失いがちになってしまうこのような夢や理想を抱いて、前向きに生きようとしている姿勢しかないのです。
 このようなことをいうと、「そんなことが信じられるか」とあなたは思うでしょうか。しかし作文や小論文を課す出題者が求めているのは、あなたが「どれだけ既に持っているのか」ということではないのです。出題者が本当に求めているのは、あなたが「どれだけ求めようとして、これから伸びしろがあるのか」なのだということを、知っておいてもらいたいと思います。

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