資料を読み解く1

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資料を読み解く1

 ここで取り上げたのは、『教科書もでたらめ』でも取り上げた大修館の国語表現 改訂版(国表307 平成29年文部科学省検定済み)『統計資料を読み取って書く』(リンクで教科書本文のPDF表示)P42~です。
 この例文は、文章だけを見れば、ちょっと気になる所はあるものの、さほど悪い文章というほどでもないと思います。ただ、与えられた資料の読み取りを元にして書かれた文章としては、かなり物足りない所があります。

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教科書の小論文例(リンクで縦書きPDF表示)

社会で必要とされる力とは

 課題の資料の青い棒は、学生が「自分に不足していると思う要素」を示しているが、それは「社会に出て必要とされるレベルと比較して不足している」という意味であろう。このグラフを読み取ると、学生と企業の人事担当者との間で大きな意識の差があることがわかる。
 社会に出て必要とされる能力に比べて不足している要素として、学生は、「語学力」「業界に関する専門知識」「簿記」「パソコンスキル」などをあげている。これらの項目は、専門的な知識や技術に関する内容であり、学生はそのような力が自分に足りないと思っているのである。
 一方、企業の人事担当者が多くあげているのは、「主体性」「粘り強さ」「コミュニケーションカ」「一般常識」などだ。これらの項目は、仕事をやり遂げる精神的な面や、他者と協調、協力しながら仕事をしていくための力であり、これが学生に不足していると人事担当者は思っているのである。
 考えてみれば、企業全体が必要とする力に比べれば、どんなに優秀な社員であっても、一個人の専門知識やスキルなどはたかが知れている。企業として必要なものは、一個人の知識やスキルではなく、チームの全員が各自の能力を大いに発揮し、それを結集して事に当たるチームカであり、そのチームカをさらに高めようとする強い意思なのだ。社会に出て必要とされる能力に比べて学生に不足していると企業の人事担当者が判断した要素が「コミュニケーションカ」、「主体性」、「粘り強さ」などであることから、そのような企業の考えを読み取ることができる。

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 課題のグラフは、学生と企業の人事担当者の意識の差を明確に表しており、非常に重要な示唆を与えてくれるものである。これから社会に出ていく私は、このグラフを参考にして、社会ではどのような力が必要なのかをしっかり認識し、普段からそのような力を身につけるよう、努力したいと考えている。 

意見の対立の一方だけを取り上げない

 グラフを見れば、上の文章で書かれているような、学生と企業の人事担当者との意識の差は、誰にでもすぐに分かります。ところがこの小論文の筆者が取り上げていることは、学生の考えは一切無視して、企業の人事担当者の思惑の話ばかりです。もしこのような答えをこの課題の出題者が望んでいるのなら、問題のグラフは、企業の人事担当者が「学生に不足していると思う要素」だけでいいのではないでしょうか。
 このように二者の意見の対立が起こっている時には、その一方の意見を無視して、もう一方の話ばかりを取り上げてはいけません。両方の意見をきちんと見た上で、そのどちらを取るべきかをきちんと説明しなければなりません。そうしなければ、無視された方の立場の人が納得してくれるはずがないからです。
 この章でこれまで取り上げてきた、「確かに~しかし~」は、「確かに~」の所で予想される反論を問題にするので、正にこの意見の対立が生まれていたのでした。ところが樋口氏流の「確かに~しかし~」の使い方では、この意見対立を生みながら、片方の意見を無視して、結局自分に都合が良い意見ばかりを述べたてるので、全く説得力がない文章になってしまうのです。
 この例文は、「確かに~しかし~」を使った文章ではありませんが、この章であえてこの問題を取り上げる所以(ゆえん)です。

本当に学力は必要ない?

 問題は一旦保留にして、純粋にこの文章だけを読んだ時に一番気になることを考えておきましょう。
 それは、「企業として必要なものは、一個人の知識やスキルではなく、チームの全員が各自の能力を大いに発揮し、それを結集して事に当たるチームカであり、そのチームカをさらに高めようとする強い意思なのだ。」という所です。
 「一個人の知識やスキル」と「人間力・コミュニケーションカ」とを二者択一して、企業の採用担当者たちは、本当に「一個人の知識やスキル」は必要ないと考えているのでしょうか。ちょっと考えれば、そんなのは全くの嘘っぱちであることはすぐに分かります。
 確かに、どちらか一方がそれぞれ優れている者同士を比較して、「『一個人の知識やスキル』は少々劣っていても、『人間力・コミュニケーションカ』が素晴らしいから運動経験者の方を採用しよう」というような話はよく聞きます。しかし、それも程度の問題で、企業が、「一個人の知識やスキル」を全く問題にしないことなどはありえません。どのような企業にしろ、「知識やスキル」を持った者を少しでも多く採用したいでしょうし、もし仮にその努力を怠った企業が出てきたとして、力のない者ばかりがイケイケの仲良し集団を作ったとしたら、その企業は迷走して、どこに行き着くかわからないのも目に見えています。
 例えば、外資系企業や航空会社などであれば、英語力がないことには話になりません。大きな会社の経理部門などであれば簿記の知識などは必須のはずです。だから、「このような能力はとても大切なはずなのに、なぜ企業の人事担当者の解答ではこれらの数値が低いのか」というようなことが気にならないといけません。
 グラフの読み取りから、自分の持つ論理的な判断力を駆使して、そのようなことまで考えないと、この問題に対する深い解答はできません。

問い方の差は大きい

 実際に、「商業高校に対してどのような教育を望むのか」というような質問を企業にすると、やれ簿記だのエクセルだのと、企業に入ってからの教育を少しでも省けるような教育項目がこれでもかと出てきます。確かに「人間力・コミュニケーションカ」を高めてくれという要望もありますが、その他にも「知識やスキル」を高めてくれという要望はごまんと出てきます。
 それなのに、この問題のアンケートでは、それらの項目が低い数値でしか出てこないのはなぜなのでしょうか。
 それは、問い方の違いが大きいのではないでしょうか。
 それぞれの企業では、入社の段階で、その企業に最低限必要な「知識やスキル」を持った者を採用しているはずです。その採用された人達を見て、企業の採用担当者たちが、「まだこういう所が足りない」と感じている項目がグラフに現れていると考えると、このグラフの意味するところがよく見えてくるのではないでしょうか。

意見の違いはなぜ生まれてくるのか

 上で、「意見の対立の一方だけを取り上げない」という話をしました。この様に意見が対立しているときには、「意見の違いはなぜ生まれてきたのか」「意見の違いが意味するところは何なのか」ということを掘り下げて考えてみる必要があります。
 この問題に、学生と企業の人事担当者、両方のグラフが載せられているのも、「意見の違いをどう捉えるのか。あなたの見解を述べてほしい。」という意図があるからです。『小論文例』の様に意見の違いの読み取りだけで終わってしまったのでは、解答の底が浅すぎます。
 それでは、上の企業の採用担当者たちの思惑についての読み取りも踏まえて、もう一度、学生と企業の人事担当者との意識の差を考えてみましょう。このような意見の違いはなぜ生まれてくるのでしょうか。
 学生たちがあげているのは、この小論文例にも取り上げられているように、主に「知識やスキル」に関する事柄です。これらは、学校などでもテストなどで点数化して量られがちな能力です。能力の違いは、数値に表れるので歴然としています。当然入社試験などでも問われますし、これらの能力が無いことには、足切りにあって入社することすら出来ないことが往々にしてあります。
 それに対して、企業の採用担当者たちが上げているのは、「人間力・コミュニケーションカ」です。これらは学校でも重視されないわけでありませんが、数値化して量られることはないので、はっきりと目には見えにくい能力です。
 この様に考えれば、学生たちは足切りに合わないために「知識やスキル」を身につけるのに忙しいことが分かりますし、それを重視するあまり、どうしても目には見えにくい「人間力・コミュニケーションカ」を後回しにしてしまいがちなことも理解できます。
 ということで、添削例を書いてみましょう。

添削例1(リンクで縦書きPDF表示)

社会で必要とされる力とは

 課題の資料の青い棒は、学生が「自分に不足していると思う要素」を示しているが、それは「社会に出て必要とされるレベルと比較して不足している」という意味であろう。このグラフを読み取ると、学生と企業の人事担当者との間で大きな意識の差があることがわかる。
 社会に出て必要とされる能力に比べて不足している要素として、学生は、「語学力」「業界に関する専門知識」「簿記」「パソコンスキル」などをあげている。これらの項目は、専門的な知識や技術に関する内容であり、学生は日頃からテストという形で点数化されることに馴染んでいる。そして、入社試験などでも当然問われる能力でもある。
 一方、企業の人事担当者が多くあげているのは、「主体性」「粘り強さ」「コミュニケーションカ」「一般常識」などだ。これらの項目は、仕事をやり遂げる精神的な面や、他者と協調、協力しながら仕事をしていくための力である。これらは、学校でも重視されないわけではないが、数値化して量られるわけではないので、学生はどうしても後回しにしがちになる。
 考えてみれば、どんなに優秀な社員がいたとしても、チームの全員が各自の能力を大いに発揮し、それを結集して事に当たるチームカや、そのチームカをさらに高めようとする強い意思がなければ企業の成長は望めない。社会に出て必要とされる能力に比べて学生に不足していると企業の人事担当者が判断した要素が「コミュニケーションカ」、「主体性」、「粘り強さ」などであることから、そのような企業の考えを読み取ることができる。
 課題のグラフは、学生と企業の人事担当者の意識の差を明確に表しており、非常に重要な示唆を与えてくれるものである。これから社会に出ていく私は、このグラフを参考にして、社会ではどのような力が必要なのかをしっかり認識し、普段からそのような力を身につけるよう、努力したいと考えている。

まだ重複や冗長な表現が多い

 これで大分良くなりましたが、まだまだ重複や冗長な表現が多いです。そして、先に触れた内容の根幹に関わる以外では、文のつながりが甘いところがまだ残っています。添削をしていく段階で、もっとスリムな文章を目指してほしいところです。

添削例2(リンクで縦書きPDF表示)

社会で必要とされる力とは

 このグラフを読み取ると、学生と企業の人事担当者との間で大きな意識の差があることがわかる。
 課題の資料で、学生が「自分に不足していると思う要素」とは、「社会に出て必要とされるレベルと比較して自分に不足している」と学生が考えている要素なのだと思われる。この要素として、学生は、「語学力」「業界に関する専門知識」「簿記」「パソコンスキル」などをあげている。これらの項目は、専門的な知識や技術に関する内容であり、学生は日頃からテストという形で点数化されることに馴染んでいる。そして、入社試験などでも当然問われる能力でもある。
 一方、企業の人事担当者が多くあげているのは、「主体性」「粘り強さ」「コミュニケーションカ」「一般常識」などだ。これらの項目は、仕事をやり遂げる精神的な面や、他者と協調、協力しながら仕事をしていくための力である。これらは、学校でも重視されないわけではないが、数値化して量られるわけではないので、学生はどうしても後回しにしがちになる。
 考えてみれば、どんなに優秀な社員がいたとしても、チームの全員が各自の能力を大いに発揮し、それを結集して事に当たるチームカや、そのチームカをさらに高めようとする強い意思がなければ企業の成長は望めない。そのような企業の考えをこの企業の人事担当者の回答から読み取ることができるのではないか。
 学生と企業の人事担当者とのこのような意識の違いは、非常に重要な示唆を我々に与えてくれる。これから社会に出ていく私達は、社会ではどのような力が必要なのかをしっかり認識し、「基礎学力」だけではなく、「人間力」「コミュニケーション力」も磨いていけるよう普段から努力していかなければならない。

文のつながりが甘い所

 添削例1までの第1段落目はどういうつながりなのでしょうか。
 1文目の「課題の資料の青い棒は、学生が『自分に不足していると思う要素』を示しているが、それは『社会に出て必要とされるレベルと比較して不足している』という意味であろう。」は、学生の資料の読み取りの説明ですから、次の段落の学生の資料の読み取りの説明とつなげて、2文目の「このグラフを読み取ると、学生と企業の人事担当者との間で大きな意識の差があることがわかる。」という文章の書き始めにふさわしいフレーズと入れ替えると、それだけで文章がかなりスッキリします。
 添削例2は、それをさらに書き換えて、表現をもう少しスリムにしました。
 ちなみに、P44下の「資料の分析から構成メモヘ」にある、「第一段落でグラフの概要を示し」ているという認識は、上の説明の通り、第一段落が一つの意味段落としてのまとまりを欠いているという点で誤りです。この説明の通りの「概要」を語っているとすれば、それは二文目だけのことです。
 それにしても、概要と言うにはあまりに大雑把な内容にしか過ぎませんが。

小論文風の論述法

 添削例1までのこの文章の締めくくりの言葉は、「これから社会に出ていく私は、このグラフを参考にして、社会ではどのような力が必要なのかをしっかり認識し、普段からそのような力を身につけるよう、努力したいと考えている。」でした。これは明らかに、社会に出るに当たっての自分の前向きな姿勢を読者にアピールしようとしているフレーズです。ということは、これらの文章は、自分の良さを読者にアピールすることを目的として書かれた作文だということです。
 それに対して、添削例2では、自分の積極性のアピールが目的にはなっていません。学生と企業の採用担当者の意識の違いから考察して、「日本の学生のこれからのあるべき姿」について深く考察して、自分の主張を述べた文章になっています。これは、取り上げた問題について客観的に深く考察して、その問題についての自分の意見を主張した小論文です。
 作文と小論文とでは、出題する目的が異なります。就職試験などでは、前向きで「人間力・コミュニケーション力」がある生徒を取りたいでしょうから、そのような姿勢をアピールする作文を書く必要があります。ですが多くの難関4年制大学などの場合は、そのような薄っぺらな人間性を主張することなど求められてはいません。大学で学問を追求していくのにふさわしい、論理的で深い思考力を持つ小論文を期待しています。
 ところがよくある間違いは、このような小論文を求められているにも関わらず、安易に自分の人間性をアピールしてしまうことです。小論文を求められているのに、何でもかんでも人間性をアピールしてしまうと、一般論と個人のあり方とを混同してしまうことになるので、深い思考力を感じさせることなどは当然出来ません。
 この作文課題の場合は、どちらで書いても場違いとまでは言えない問題設定ですが、小論文として書いたほうが、より深い論理的思考力を感じさせるのは間違いないでしょう。
 

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