表面的字句修正の問題点

スポンサーリンク

表面的字句修正の問題点

 前頁で下のような添削が果たして有効かどうかを判断してみてくださいという宿題を出しました。(画像をクリックするとPDFファイルを開くことができます)

表面的な誤字や字句の不具合の指摘

 上の添削例から、「表面的な誤字や字句の不具合を指摘し、修正する」ような添削しかしないことの問題点を2つ考えてみようと思います。
 1つ目は、添削者が生徒の文章の質を考えながら添削しないときに、自分のいいと思う文章観に従って添削をしてしまうと、生徒の元の文章と、指導者が添削した部分とが調和しないことがあるという点です。
 文章は、内容とそれを盛る文体とが調和して初めてバランスが取れた良い文章になります。添削によって、内容と表現とのバランスが崩れたり、元々の生徒の文体と、教師が添削した部分の文体とが不整合になったりすると、良かれと思ってした添削があだになってしまうことも十分にあり得ます。
 今回のこの例の場合には、元の指導者の添削を紛失してしまい、私が「これぐらいならまあいいだろう」と最終的に受け入れて書き直した表現を元にして、添削例を復元しているので、あまり露骨な違和感が残るような添削部分は残っていません。

 2つ目の問題点は、この例のように字数制限がある原稿なのに、それを全く考慮に入れずに添削してしまった場合です。
 上の例では、先生の添削通りに表現を改めると、この場合、そのために増える3行分を、どこか他の所で捻出しなければなりません。しかし、この元原稿でも、私がある程度手を入れて既に表現を圧縮してあるので、その3行分を生み出すことはとても大変です。
 その作業を、普通の生徒にさせるとどうなるでしょうか。先生が添削して直したところを投げ返すだけの、知恵も勇気もほとんどの生徒にはありませんから、先生の添削を受け入れることは絶対です。そうなると、主題を表現するために必要だった記述でも、どうしても必要な3行を生み出すために、削ってしまうことになります。
 このようにして、愚息が書き直した原稿も紛失してしまったので、この頁があまり説得力のないものになってしまったのは残念です。
 本当は、先生に提出した元原稿と、先生の添削を経て息子が書き直したものとを2つ並べて、「さて、どちらが添削後の文章でしょうか」という問いかけを、ここでする予定でした。
 ここまで最終段階になった原稿を、内容を損なうことなく、きちんと制限字数内に収めて仕上げるということは、それほど簡単なことではありません。もし時間に余裕があるなら、できればあなた自身でそれをやっていただければ、すぐに納得がいくと思います。それをきちんとこなせる生徒は、恐らく、東大に少なくとも1人ぐらいは毎年現役で進学するような超進学校の、しかも、先生が全く指導を加えなくても、県の読書感想文コンクール程度なら独力で最優秀賞を獲得できるレベルの生徒だけです。
 ですから、ここまでの段階になった原稿の添削において、字数に収まるかどうかも考えずに、字句だけを安易に添削してしまうのは、無責任極まりないことです。

 以下、この添削を受けて、私が書き直させた原稿を参考までに載せておきます。(画像をクリックするとPDFファイルを開くことができます)

タイトルとURLをコピーしました