自己表現とイイタイコト

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自己表現とイイタイコト

「型に従って文章を書けばよい」という発想も問題

 先にコラムの例で見たような、内容よりも気の利いた表現を優先する美文意識から出来上がった文章以外でも、内容に関わらず、特定の「型に当てはめて書けばいいのだ」というような発想をするのも、内容を伝えるための表現を考えないという点では同じことです。

志望理由書

 例えば、志望理由書というのがあります。大抵の参考書には、「きっかけを書いてから、現在の志望に対する熱意を書くと、志望理由書がうまく書けますよ。」というような説明がなされています。
 確かに、その様に書くことで、形式は整いますし、字数も稼げはします。しかし、それで、「よしそれではこの人を採用しよう」と、企業や学校側が思ってくれるかというと、そんな事はありません。
 誰でもが思い浮かべるようなきっかけから一歩も深まりがないきっかけを述べられても、それを読まされる方は、「何も考えずに憧れだけで選んだに違いない。またか」とうんざりしてしまうだけです。
 「先生から紹介されて~」などというのも、きっかけを書くことで、「受験者の他人任せな生き方」を逆に印象づけてしまう場合も多いです。
 「相手に、自分の志望への熱意と本気さを伝える」という志望理由書本来の目的を考えるなら、きっかけをどの様に語り、そこからどのような話に持っていかなければならないのか、それを考えることこそが重要であることが分かるはずです。
 場合によっては、そもそもきっかけなど書かないほうがいい場合だってあるかもしれません。

小論文 「確かに~しかし~」

 また、小論文の場合、樋口裕一氏が説く「確かに~しかし~」の型についても、氏がこの型の本来の使い方を知らないで説明をしているため、氏の説明通りにこの型を使ってしまうと、頭が痛くなるような文章を平気で作ってしまいます。
 型は、伝えたいことを有効に伝えるために考え出されたもののはずですから、その元々の型が成立した意味をしっかりと考えて活用しなければなりません。

 この様に、どのような文章にしろ、「伝えるべき意味内容をきちんと伝えるための表現を考える」ということを尊重しないと、弊害は色々と起こってきます。

自己表現には「イイタイコト」が必須

 これまでの所では、特に作文に限って、「伝えるべき意味内容をきちんと考える」ことの重要性を指摘してきました。
 しかしこれは、作文だけに限ったことではなく、自己表現全般に言えることです。スピーチにしても、自己紹介にしても、おおよそ他人に向かって自分を表現する場においては、「『何を』伝えるか」をきちんと考えないといけません。

自己紹介 スピーチ

 自己紹介だったら、「自分の所属を言って、趣味を言っておけばいいのだろう」ぐらいに考えて、手早くかたずけてしまうことが多いのは事実です。しかし、自己紹介の本来の目的は、「自分に興味を持ってもらう」「自分を覚えてもらう」ことであるはずですから、型に従って自分の属性を並べ立てるだけの自己紹介では、全くその役に立たないのは、ちょっと考えてみればすぐにわかるはずです。
 逆に、「義母と娘のブルース」というテレビドラマの中で、パン屋に新米として就職する娘に対して、「パン屋なのに新米とはこれ如何に。と言って名刺を渡したらどうでしょう。」と、義母がアドバイスするシーンがあります。
 これなどは、一般に考えられている自己紹介の型には一切従ってはいないのに、きわめて有効な自己紹介になっています。
 スピーチにしても、その場その場でそれが求められる目的というものがあるはずです。それを考えずに、「こういう場のスピーチはこういう形だ」などというような発想になってしまうと、有効なスピーチなどできるはずもありません。

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