虎の李徴にとっての詩

山月記—「人間」であることを求め、破れた李徴

7.虎となった李徴にとって、詩とはどのようなものであったか

 虎となった李徴にとっての詩とは、それによって名をあげることなど、もはやかなわぬと理屈では分かっていてもなお、おいそれとはあきらめきれない夢であっただろう。
 と同時に、詩は人間であった時の李徴が、生き方の理想として追い求めてきたものであり、それはとりもなおさず、彼が価値ある生き方を求めて人間として生きてきたその生の証でもあったのではないか。「作の巧拙は知らず、とにかく、産を破り心を狂わせてまで自分が生涯それに執着したところのものを、一部なりとも後代に伝えないでは、死んでも死にきれないのだ。」という時の李徴の気持ちは、おおむねこんなものだっただろう。

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