愛情か名誉恢復か

舞姫—常識と実感との乖離

7.愛情か名誉恢復か

 自分の置かれた立場に気づいた豊太郎が低徊踟ちゅうしたのは、「愛情を取るか、名誉恢復を取るか」という問題だ。これは別の言葉で言い換えると、今まで自分が大切に守ってきた価値観を捨てて新しい価値観に生きるかどうかということである。
 「故郷を憶ふ念と栄達を求むる心とは、時として愛情を圧せんとせしが」と、豊太郎の心は迷いながらも愛情をとる方向に傾きかけている。そしてロシアから帰ってエリスに会った瞬間に、彼はエリスを捨てがたいという実感が本物であることを確認し、新しい価値観を受け入れていこうと決意する。
 ところが最後の最後のところで、彼がこれまで受け入れてきた常識がふっと彼の心によみがえってきて、また彼の決心を覆してしまう。
 こうして、豊太郎は実感を軽視して、常識の道を選んだ。しかし、彼の実感はどうしてもそんな彼を許してはくれない。それは「限なき懐旧の情」となって、いつまでもいつまでも彼を責め続けるのである。

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