『舞姫』とは
舞姫—常識と実感との乖離
9.『舞姫』とは
以上のように『舞姫』は、自分が生まれ育った中で当然のように持っている「常識」の嘘に最後までとらわれてしまい、結局、自分の心が訴えかける本質に対して、認識を改めることができなかった自己を悔やみ続ける豊太郎を描いた作品である。そしてそういう豊太郎を描くことで、豊太郎を取り巻く社会の価値観の理不尽さを感じさせ、本当の精神的自立の必要性とその難しさ、「身分を超えた愛」の冒し難さなどを読み取らせる物語になっているのである。
ただし、ここでもう一度くどく強調しておかなければならないことは、我々が現在当たり前だと思う価値観を元に豊太郎批判をしてみても、豊太郎の悲哀を自分のものとして理解することは出来ないし、自分を把握する点に於いて、我々のレベルが豊太郎のレベルにまで到達していることも絶対にあり得ないというだ。
今何が本当に「人間的」であるのかということについては、豊太郎と同じように、我々も「自分の持つ価値観」=「現代の常識」と「実感」との食い違いをもう一度吟味してみなければならないのだということを、我々はここでもう一度確認しておきたい。