自分で考える

舞姫—常識と実感との乖離

4.自分で考える

 豊太郎の自我の覚醒の不徹底を、豊太郎個人の限界のせいにしたり、明治初期という時代のせいにしたりすることは簡単である。だが、自我に目覚め、「自分で考える」ということは普通に考えられているほどにそんなに簡単なことではない。
 親が子どもに「自分で考えて」と説教する場合のことを考えてみよう。この場合、子どもに期待されているのは、「自分の欲望に負けないで、大人の価値観を受け入れる」ということ、もしくは、「子ども同士の価値観を捨てて、大人の価値観を受け入れる」ということであろう。そして多くの子どもは、「自分で考えて」大人の言葉に従う行動を取るだろう。
 しかし本当の意味で子どもが「自分で考える」ということをしたならば、本来なら、「大人の期待する価値観をはねつける」ということも、またどこかで必ず起こってくるはずのことではあるまいか。自分で考えた結果が、常に大人の期待する価値観の後追いにすぎないとしたら、それは実は、自分で考えたつもりになっているだけであって、無反省に大人の意見を受け入れているのとさほどの違いはない。
 このように「自分で考える」というときには、自分を取り巻き、自分がこれまで受け入れてきた人間の集団、これを社会と名付けるならば、この社会が許容している価値観に対して、「それとは違う価値観をも辞さないぞ」という覚悟が絶対に必要である。
 自分の属する人間集団が許容する範囲の内でのみ判断を行って考えたつもりになっている状態は、たとえば、「足を縛して放たれし鳥」が「暫し羽を動かして自由を得たりと誇」っているのと同じことだ。
 一般論はこれくらいにして、話を『舞姫』に戻そう。
 本文を読めばすぐ分かるように、豊太郎の「弱くふびんなる心」とは、自分を励まし、期待し、温かく見守ってくれる人、自分もその信頼に応えようとする気持ちを持った人の考えに無条件に従ってしまい、自分の意見を持って背くことができない心をいう。だからこれは特定の誰かの言いなりになるというようなものというよりも、彼が育った社会で、彼の周りに当然のごとくに存在している価値観に、自分の考えなしに従ってしまう心のことをいう。
 人は普通、たいていの場合自分で考えたりはせず、その価値観が許す許容値の範囲内である程度の息抜きをする。しかし彼の場合は、そのような余裕を一切持たず、それらの与えられた価値観の最も理想的なものだけを追求しようとする。そして、一旦「奥深く潜みたりしまことの我」を確認した彼は、「自分で考えて」、許された範囲での余裕を一気に飛び越えて、それらの価値観を逸脱する方向で行動し始めるのである。
 その行動は当然、彼を取り巻く人たちにとってはアナーキーなものに映ったはずだ。彼に自我の覚醒を促したのが西欧の文明であり、日本はその西欧文明をお手本にしていたことを考えると、うまく行動すれば、彼は秩序を乱す破壊者にはならずにすんだかもしれない。しかしそのように「うまく」行動するとは、「あるべき自分」と「あるべきでない自分を取り巻く環境」とを相対化して初めて可能になるものである。そのようなことに配慮して行動するだけの用心深さを、豊太郎は当然持ち合わせてはいなかった。

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