方法が身につく読み方
文章読解の方法を身につけるための読み方
まず読解の方法について考えます。これを身につけるために、私たちは文章を読むとき、どのような姿勢を持っていたらよいでしょうか。
それはたった一言に尽きます。「筆者の言わんとすることをなるべく忠実に追っかけようとする」こと、これしかありません。先にも説明したように、私たちが普通に本を読んでいる時には、必ずしも筆者の論理を忠実に追っかけているわけではありません。文章に書かれている部分的な所にひっかかり、ひっかかり、自分の興味が向くままにかなり好き勝手に読んでいます。ですから、このような読み方で、何気なく文章に接していくやり方のままでいると、高校になってかなり内容の濃い文章になってくると、本をよく読んでいる人が必ずしも現代文の試験でいい得点をあげるとはかぎらなくなります。
大学入試に出て来る文章はかなりむつかしいです。我々の日常生活ではこのような文章に触れることはまずありません。それどころか現代文の教科書に載っている文章よりもかなり文章が難しいのです。ということは、自分の勝手な感想をなるべく押さえながら、筆者が何を言おうとしているのか、そこに何が書かれているのかを必死になって追いかけていかないと、これを正確に理解することなど到底できるものではないのです。
文章を読解する方法を身につけるためには、「自分」をなるべく入れないようにして、まずそこに何が書かれているのかを常に問う姿勢を持つことです。そして勉強をする時、文章の頭からなるべくこだわれるだけこだわりながら読んでいくのです。何故こう書いてあるのか、これはどういうことだろうか、ここはさっきこう書いてあった所の言い換えではないか、と。
「文章の細部にこだわりながら読んでいけと言ったって、そんなことをしていたら時間がいくらあっても足りやしない。試験で一問にかけることができる時間はせいぜい二十分なのに」と皆さんは思うかもしれません。しかしそうではありません。日頃からこだわりながら読んでいくことによって文章を分析的に読む習慣が身に付きます。文章のある一部分が全体の中でどのような意味を持つのかを常に考えるようになるのです。だからこそ、二十分という限られた時間に急いで読んでも、無意識のうちに大切な所を押えて読むことができるようになるのです。これが読解の方法を身につけるということです。
つまり日頃時間をかけて文章を分析的に読む訓練をする(当然辞書を引くことも必要になってくるはずです)ことによって、急いで読んだ時や、そのようなことを余り意識しない時でも自然とその力が発揮されるようになるのです。