一票の格差?
一票の格差が2倍では違憲だなどという裁判がやたらと行われていますが、一体何を考えているのでしょうか。
憲法に保証された個人の平等を、選挙の一票の重みにまで及ぼすのが当たり前なら、一票の重みは同じでなければならないはずで、格差は1倍にならないといけません。
裁判を起こすような輩は、「それで当然だ」と考えているのでしょうが、田舎に比べて都会は人口密度がとんでもなく高いのですから、そんなことをすれば、都会の人が選んだ政治家ばかりになって、田舎の人の意向は全く通らず、都会の人間に都合のいい政治がだけが罷り通ってしまいます。
田舎の人口がどんどん減って、都会は激増していく中で、従来からの選挙区の区割りでは、一票の重みの格差がどんどん広がっていったのでしょう。しかし、従来の選挙区というのは、歴史的な文化圏の繋がりを反映していたはずです。それをお構いなく、選挙区の区割りを人口だけを目安に機械的に割り振ってしまうというのは、いかがなものでしょうか。
2.3倍で違憲判決が出るというのも驚きで、2.3倍でもやはり、もう既に都会人の意向が色濃く反映された政治になってしまっているはずです。この上どこまで欲張るのでしょうか。
田舎は過疎に悩んでいて、収入も少なく、都会の人間達が受け入れようとしないようなものでも、政府の補助金漬け政策のせいで、その金を当てにしないとどうしようもないところまで追い詰められているところも多いのです。
困っている人を札束でひっぱたいて嫌なものを押し付け、都会人だけがうまい汁を吸う温床になりかねない、一票の格差1倍などを本気で要求するのは、自分のことしか考えられないがりがり亡者です。
そんな社会の風潮の中で、地方の再生を本気で唱えようとしても、地方がどんどん活力を失っていくのは、当たり前のことです。
日本全国、都会も田舎も、人々が等しく幸せを追求できる、優しい世界を目指したいものです。