最後に

再び、文章を書くということ

 この本をまじめに最後まで読んでくれた君たちは、自分の文章を変えていこうとすれば、実は発想法・思考法を根本から変えていく必要があるということにもう気づいているだろう。
 これまで説明してきたように、文章を書くとは、自分独自の思考を表現することを目指して(p59)、頭の中でまだあやふやにしか分かっていないものを、文章という形にできるほどまでに明確に位置づけるという大変な作業(p5)である。だから一般に信じられているように、文章表現と内容とが別々で、表現をちょっと整(ととの)えさえすれば文章がまともになるなどというようなことはあり得ないのである。
 だがここまでまじめにこの本を読み、実践練習をしてきた君たちは、このことに気がつくと同時に、おそらく、文章を書く大変さの奥にある喜びにも気づいたに違いない。大変な思いをしながら思索(しさく)をめぐらせ、それを一つの「文章」という形にまとめきった時の喜びには計り知れないものがある。君たちはその喜びを糧(かて)として、小手先(こてさき)のテクニックや「表現の工夫」に走らず、ぜひとも文章の王道を目指してもらいたい。
 むろん、試験の一週間ほど前に先生のところにやって来て、「ちょっと見てもらえませんか。」などというのは、「何をか言わんや。」だ。

※何をか言わんや

 直訳は「何を言おうか。いや、言うことなどありはしない。」要するに、甘すぎるということだ。

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