主張への部品-各段落4

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主張に向かう部品としての各段落4

 前項の例文のどちらがよくてどちらがいけないのか。それを考えるために、例五・六の一文目だけを空欄にした文章を作り、その空欄に次に挙げるような文(部品)を当てはめて、文章がどう違ってくるか、違いを調べてみよう。

例七
            

 確かに、制服があれば学校全体の統一感が生まれる。
 しかし、高校生といえば、もう、一つの人格を持った大人である。この様々な人格を持った人間が集まっている高校で制服を決め統一するということは、人格の違いを認めず、一つの制服のもとに個性を押しつぶしていることに他ならない。このように、個性を押しつぶして手に入れられる統一感など、むしろ高校にはない方がよい。
 だから、私は高校では制服を決めるべきではないと思う。

 

例八
            

 確かに、制服を強制されると個性は発揮できない。しかし、果たして高校生が服装によって個性を発揮することが必要だろうか。むしろ個性とは、学校での勉強や部活動の取り組みの中で発揮するものではないだろうか。
 制服を決めることによって、学校に統一感が出る。毎日何を着ていくか悩まなくてすむ。高校生に必要なことは、愛校心を持って、勉強や部活動に取り組む中で個性を育てていくことだ。
 だから、私は高校に制服は必要であると思う。

 

部品一 高校に制服は必要だろうか。
部品二 高校に制服は不要だろうか。
部品三 高校に制服は必要だろうか、不要だろうか。
部品四 私は高校に制服は必要だと思う。
部品五 私は高校に制服は不要だと思う。

 例五・例六は、例七・例八に部品一を当てはめたものである。これに今度は、部品二を当てはめてみよう。二つの文章が同じ論理構成にならない理由が分かっただろうか。
 「高校に制服は必要だろうか。」という問いかけは、一見部品三の「高校に制服は必要だろうか、不要だろうか」という問いかけと同じように思われる。しかしこういう言い方は、「必要だろうか。」と問いながら、言外に「不要だろう。」というニュアンスを込める言い方なのである。だからこれを、「私は高校に制服は不要だと思う。」(部品五)のように変えても、全体の文章の意味はほぼ同じになる。

「必要だろうか。」「よいだろうか。」というような問いかけは、言外に「不要だ。」「よくない。」というニュアンスを込める言い方である。

 例五と例六が同じ構成のように見えながら、実際には別物になってしまっている理由はここにある。例五と同じ論理展開の文章を作ろうとすれば、例六は一行目を部品二のように書かなければならなかったのである。
 そこを書き改めると次のようになる。

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