主張への部品-各段落3

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主張に向かう部品としての各段落3

 前項の考察をふまえて、さらに次のように推敲した。この文章でどうだろうか。

例五
 高校に制服は必要だろうか。
 確かに、制服があれば学校全体の統一感が生まれる。
 しかし、高校生といえば、もう、一つの人格を持った大人である。この様々な人格を持った人間が集まっている高校で制服を決め統一するということは、人格の違いを認めず、一つの制服のもとに個性を押しつぶしていることに他ならない。このように、個性を押しつぶして手に入れられる統一感など、むしろ高校にはない方がよい。
 だから、私は高校では制服を決めるべきではないと思う。

 

例六
 高校に制服は必要だろうか。
 確かに、制服を強制されると個性は発揮できない。しかし、果たして高校生が服装によって個性を発揮することが必要だろうか。むしろ個性とは、学校での勉強や部活動の取り組みの中で発揮するものではないだろうか。
 制服を決めることによって、学校に統一感が出る。毎日何を着ていくか悩まなくてすむ。高校生に必要なことは、愛校心を持って、勉強や部活動に取り組む中で個性を育てていくことだ。
 だから、私は高校に制服は必要であると思う。

 ここまで「制服は必要か、必要でないか」について、文の組み立てを全く同じようにしながら、両方の意見の文章を同じ点に着目して添削してきた。だから例五と例六とは、主張の方向の違いはともかくとして、論文としてはほぼ同様の論理構成の、ほぼ同様の評価の文章になるはずである。ところが実際には、これらには論じる内容の違いだけではなく、論理の構成においても決定的な違いがある。
 一方は首尾一貫した論理展開のよい文章であるが、もう一方は、文章の構成要素が主題に向かって効率的に並べられているとは言えない文章である。それはなぜなのか、どちらの文章がよくて、どちらに問題があるのか、考えてみてほしい。

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