感想文の実例 評論

読書感想文の実例 評論

『北海道の夜明け』を読んで

 「これが本当に人間のすることか。」これが、この本を読んで私が最初に思ったことだった。この本は、北海道北見市にある常紋トンネルを舞台に、そこで働かされた?タコ?たちの話をありのままに書いたものである。
 「タコ労働者」というのは主に囚人から成っていて、彼らは私たちには想像もつかない残酷な扱いを受けていた。朝は三時ごろから起こされ、夜中の十一・二時ごろまで働かされる。食事は一日二回で、わかめ・昆布・いもなど粗末なもので、ゆっくり座って食べることも許されない。労働も厳しく、一週間働くと脱走する体力もなくなるほどである。病気をしても医者にも連れて行ってもらえず、労働に耐えられないと思うと、息をしていても穴の中にゴミを捨てるかのようにほうり捨てられる。このように待遇などのすべての面で最低の取り扱いをされていたのである。
 どうして、こんな残酷なことが同じ人間でありながらできるのだろうか。時の政府は「囚人たちはもともと乱暴な悪者だから、労働が苦しくて死のうとも、悲しむ者はない。それどころか、死ねば監獄の費用が少なくてすむ。それに賃金も普通の工夫の三分の一だから安くてすむ。これこそ一石二鳥のやり方である。」と報告している。このような政府の方針のもとで死んでいった、いや殺されたタコ労働者は何万人にも上ったという。いくら過ちを犯したといっても、同じ人間である。こんな虫けら同様の扱いが許されるのだろうか。そもそも刑務所とは、囚人が罪を悟って、再び社会に復帰する準備をする所ではないのか……。
 また、このように人権を無視した扱いをされたタコ労働者は囚人だけではなかった。何の罪もない人々まで、うまい口車に乗せられて生き地獄へ連れて行かれたのである。「仕事も十分ある。飯も腹いっぱい食える。給料もいい。」働き口のない人々は勿論、大学生までがこの一言を信じて、タコ労働者になっていったのである。彼らは鎖の代わりに暴力とリンチでつながれ、逃げ出すこともできない。酷使と虐待に耐えかねて、監視のすきをねらって逃げようとでもしようものなら、半死するまでスコップでたたかれ、みせしめに、生きたまま土中に埋められたのである。が、逃亡しなかったからといって、生命の維持が約束されていたわけではなかった。一九四五年から四六年の一年間に、分かっているだけで実に百五人のタコ労働者が死んでいる。そのうち、六十六パーセントが栄養失調などで死んでいる。このことからも、彼らへの待遇が当時どんなものであったかを十分想像することができる。
 以上述べたタコ労働者の様子は、今から四十年以上も前のことである。だから、今さらそんなことを問題にしてもしかたがないと思う人がいるかもしれない。しかし、私は違うと思う。タコ労働者と同じように、人権無視の状況下で働かされている労働者たちが現在もたくさんいるからだ。
 私たちは文明の恩恵を当然のこととして享受しながら生きている。新幹線や高速道路が建設され、ダムが完成されるために、今も全国各地で多くの人々が犠牲になっていることを忘れてはならない。六年前になるが、北炭夕張炭鉱でガスの突出事故があった。爆発事故が起こると火を消して石炭を守るため、生存者がいても坑口に蓋をしたというのだ。また、同年に原子力発電所で?冷却水?もれ事故を三カ月も隠すという事件があったが、被爆者があったということについての報道は一切されていない。危険な仕事は下請け労働者に任せてしまい、彼らが被爆し、生命の危険にさらされることについては全く無関心である。「人間の生命は地球より重い」などと言われているけれども、営利目的の追求が最優先され、人間を人間として扱わない、人権無視の下請制度は今も昔も変わっていない。この世から「人間を差別する心」が消え、みんなが「人命を尊ぶ心」を持たない限り、この人権無視の風潮は続くだろう。
 現代に生きる私たちが、今、誰にも悲しまれ、顧みられることもなく、虫けら同様に捨てられた現代文明社会の犠牲者たちに対してできることは何であろうか。それは、彼らの骨を掘りおこし、供養をすることではないか。それが、彼らに対するせめてもの償いだと思う。しかし、その犠牲者たちを掘りおこすということは、単に遺骨を発掘するということだけではない。タコ部屋を黙認してきた人々の「人間を差別する心」を掘り返すことでなければならない。この「人間を差別する心」をさらけ出すことは、たいへん勇気のいることである。だが、そうしてはじめて、現代社会に埋ずもれた犠牲者たちの痛み、苦しみが分かるのではないか。我々はそのことによって、人間を差別することを許さない、人権を尊ぶ人間として成長していかなければならないと思う。

小池喜孝『北海道の夜明け』(国土社)   
※北炭夕張炭坑の事故は一九八一年のことである。九十八人の犠牲者が出た。
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