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 『ライ麦畑でつかまえて』を読んで
 誰だってライ麦畑でつかまえてほしいに違いない。   そうしたら 、もしつかまえてもらったら、どんなに幸せだろう。どんなに素直になれるかしれない。「ライ麦畑でつかまえて」というホールデンの叫ぶような願いが私の心にストレートに響いてくる。もちろん彼は決して誰にもそんなことを言ったりしない。一人で苦しみ、そして傷ついたあげくに、他人は分かってくれない、と固く心を閉ざしてしまう。そんなことではいつまでたっても大人になれないのではないか。私のホールデンヘの不安は、まさに自分自身に対する問いかけとなった。自分と正面から向き合うことで、私は改めて自分の世間知らずに気づかされた。
 統合失調症として病院で静養しながら、彼は旅で経験した様々な出来事を語ってくれた。彼は割と名の通った高校、ペンシーを退学になり、家までただ一人で帰っていく。家族の人はまだ誰も退学のことを知らないので、帰途彼は自由気ままに振る舞い、その旅を人間関係、学校生活、あらゆる現実からの逃避そのものにしていった。いつ身を滅ぼしてしまうかしれない、そんなスリルにひきつけられて、私の心はぴったり彼についていった。 旅の途中、出会う人ごとにホールデンと私は一喜一憂したのだが、私は次第に彼を憎むようになっていた。そんなことをしてはいけない、言ってはいけない、と批判的になった。人間不信、支離滅裂な言動、不作法、計画性のなさ、頑固なところ、異常な潔癖さ、自己顕示欲、それらすべてが許せなくて、私は反発せずにはいられなくなった。
 それなのにホールデンヘの嫌悪を感じる一方で、同時に私は彼に共鳴していた。大人でも子どもでもない今を生きる彼と私が重なり合う。いつまでもこのままではいられない、と分かってはいる。けれど出てくるのは誰かに自分を助けてほしいという子どもじみた思いばかり。他人を辛らつな言葉で非難するくせに、自分には甘い。人間不信でありながらつい人に多くを期待する。
 私にとってホールデンのイメージは、「時」に逆らおうとする聞きわけのない子どものままだ。彼はまるで実際に、ライ麦畑で耳を塞ぎ、膝を抱え、誰かを待っているようだ。「隠れんぼ」で見つけてもらえなかった最後の一人。彼は畑の真ん中で心細さを感じるだろう。さわさわと吹く風にさえおびえるかもしれない。友人、思い出の恋人、旅で出会った人々、兄、教師、そして母もホールデンのもとまでたどり着けない。人をよせつけないのは何より彼の閉ざされた心なのだ。、自分には彼らが必要だ、と彼は認めなければならない。その素直さだけが、広いライ麦畑での道しるべになるだろう。
 ホールデンは、彼自身が嫌悪し、けれど好きでもあった人々のことを旅が終わった後で、「いまここにいないのが寂しい。」「なつかしい。」と語った。彼のこの言葉には、他人の存在の大切さを認め始めるきざしがあるように思う。「ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたい。」と、愛妹フィービーに語る彼にも素直さが感じられた。
 しかし、どんなにホールデンがライ麦畑でつかまえる人になりたくても、残念ながら今の彼にその役はとうていつとまらない。彼の愛はたいへん狭い。子どもに対しても、彼は純真さだけを崇拝する偏愛的傾向がある。当然、彼の腕をすりぬける子どもも現れるだろう。出会うすべての人を受け止めてあげるためにも、愛は広がっていかなければならない。彼は大人が作り上げた虚構の世界を疑いのこもった眼差しで鋭く見つめ、うわべだけの社交辞令を馬鹿にする。そして心の裏を読んでは、すぐにさめてしまう。他人を受け止めるには彼のそんなところが幼すぎる。
 だが、彼を批判してばかりもいられない。ホールデンと同様、「ライ麦畑でつかまえて」と私も確かに願っている。そう思う気持ちが強すぎて、私は齢に合わないくだらない醜態をさらしてはいないだろうか。現実から目をそむけてはいなかったか。実際私は一人では何もできない。絶えず人に頼ってきた。そうして自立しないまま、もう高校を卒業しようとしている。時間は知らない内に過ぎていた。臆病なばかりに耳を塞ぎ、自分の世界に甘んじて、高校生活が終わるのはくやしい。ライ麦畑   その限りない出会いの場所で、私は包容力のある豊かな心の人間になりたい。
 矛盾だらけの世の中に対するホールデンの不信感もよくわかる。彼ほど繊細な精神の持ち主には、世間というのは本当に住みにくい所だろう。けれど、彼の指摘する一面だけが大人の世界ではないはずだ。大人へと成長していく間に私は様ざまな挫折をするだろうが、それも自分次第だと信じたい。ライ麦畑で誰かをつかまえることができた時、その時こそ自立、精神的な一人歩きを始めることができるのだと思う。それも理想の大人として。
J・D・サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』     
(白水社)  

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