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2006年02月25日

電灯ぐらいつけてくれ

 昨年の11月ぐらいでもう大分前のことになりますが、雨の日の昼頃岡山県庁に行ったところ、夕闇迫る頃のような明るさの中で、皆さんが仕事をなさっていました。もちろんこれは、1階の受付窓口ではなく、県職員が通常の業務をしている階の大部屋の話です。
 聞いてみると、電気代節約のために昼間は電気をつけてはいけないのだとか。

 大部屋では晴れた日の昼間でもかなり暗くて、そんなところで仕事をしていては目に良いはずがありません。まして雨の日の薄暗い中では、窓際だってかなり暗いはずです。
 電気代は一般家庭でも冬にエアコンをつけていれば2万円ほどにもなりますから、県庁などのビルでそれぞれの部屋で電気をつけていれば、それが驚くほどの結構な額になることは分かります。しかしだからといって、そこで働く職員の健康のことを一切考えずにおいて、電気代を削れというのはいかがなものでしょうか。誰もいないところに電気をつけておく無駄とは、これは根本的に違うのです。
 行政は、自分の所の経費が少なければそれでよしとするような近視眼的な発想しかしませんが、それで健康を害される職員はたまったものではありません。目を悪くして、そのために必要になってくる費用は、県が払わず、個人持ちだから関係ないというのでしょうか。


本当の無駄をなくしてくれ

 お金を握っている人に、「同じお金なら1台でいいからこれを入れてくれ」というような要望を出しても、「同じ値段で2台買えるのだから」といって、使えない機械を入れ、「2台買ってやったのだから有効に使え」というようなことを平気で言います。
 しかし、印刷機一つをとっても、どのメーカーでも定価が同じくらいなら使い勝手も同じだろうというわけにはいきません。一般家庭なら使う量もしれているので、どのメーカーでもそれほど気にならずに使えるかもしれません。けれども、毎日大量に使う部署ではそういうわけにはいきません。最初は良くても(本当は、デモに持ってきた最初のうちから使い物にならないことも多いのですが)、ちょっと使っていると必ず調子がすぐに悪くなります。そうすると使えない新しい印刷機が場所だけ取って、やっぱり使われているのは、一番古くからある使える印刷機だけだったなんてことも、実際よくある話です。
 こういうのを日本の古くからあることわざで、「安物買いの銭失い」といいます。そのほかにも、自分のお金ではないので、あまり切実ではないものでも、あったら便利だろうとよく分かりもせずに買って、そのままお蔵入りなんてのも時にはあります。
 最近の情報関係の機器では、確かに変化のスピードが速いことも事実ですが、自分の腹が痛まない分、どうしても自分のうちならもうちょっと我慢しようかというところでも、平気ですぐ代替えしてしまうことも多いような気がします。おそらくその傾向は、他人に厳しく言う、お金を握っているところが一番顕著なような気がしますが、県職員の皆さんいかがなものでしょうか。
 (ここまで言うと、私の被害妄想が多分に入っているでしょうか)


大局的に物を見ている人などほとんどいない

 「大局的に物を見ている人などほとんどいない」とまで言うと言い過ぎでしょうか。これまでの既得権とか、人間関係とかそのようなものにがんじがらめになって、みんなお互い自分の所のお金が減らされるのは嫌なのです。ちょっと考えてみれば、自分の財布からすべてを支出するなら、「そりゃあ他と比べれば、ここはそれほどお金をかけられないな」ということが分かると思うのですが、財布が他人のものの場合にはそう簡単にはいきません。「今年の予算を消化しておかないと、来年の予算を削られてしまうからな」となってしまうのです。
 そこで、本当に何も考えずに、「ほしいほしい」とひたすら要求するところと、既得権確保に走って予算を使い切ろうとする所と、そういう悪循環の中で、それを削っても文句を言いそうにない、少々文句を言う人がいても、簡単に無視できる、そういうところにしわ寄せが来ます。それが、「暗い中で目が悪くなっても知らないから仕事をしろ」ということなのではないでしょうか。


組織が大きくなればどうしても弊害は出てくるが

 このような弊害は、組織が大きくなればなるほどどうしても出てくるのは避けられないことなのかもしれません。
 しかしやはり、私がくどく言っているように、そこで働く人の健康をないがしろにする職場というのはいかがなものでしょうか。県民からの突き上げが厳しい中、批判されるような本当の無駄は厳に慎まなければなりませんが、職員を大切にする姿勢は、企業でないからこそ、他の会社に先駆けて、県が真っ先にお手本を示すべきなのではないでしょうか。

投稿者 Neko Fumio : 07:00 | コメント (0) | トラックバック(0)

2006年02月26日

本当に「お金で何でもできる」と言ったの?

 livedoorのことで最近持ちきりです。違法行為があったのですから、その部分はいけないこととしてしっかり正していかなければなりません。ですが、マスコミの堀江氏についての報道で、ちょっと気になることがあるので、それについて書いてみます。


「『お金があれば何でもできる』と豪語し」は本当なの?

 最近のテレビ報道で、「『お金があれば何でもできる』と豪語し」という表現がやたらと出てくるのですが、これは本当なのでしょうか。もし堀江氏自身が本当にこんなことを言っていれば、最近のテレビのことですから、その証拠となるシーンなり、書いたものの一部なりが必ずしつこく報道されると思うのですが、私はついぞそんなシーンにはお目にかかっていません。

 唯一裏付けとなる場面を流したものを見たのは、「お金がないときには無力であきらめていたことが、お金を持つと色々できるようになる」と語ったあるセミナーのシーンでした。このテレビでは、この語を裏付けとして、「『お金があれば何でもできる』と豪語し」と説明していました。
 それを聞いて、そんなこじつけありかよと思ったので、こんな記事を書くことにしたのです。


「『お金があればできることが増える」は常識じゃないの

 私はそれほど堀江氏について詳しくはないので、もし本当に、堀江氏がそういう発言をしていたのなら、あっさりこの記事は撤回します。ですが、周りの人にでもそんなことを漏らしていれば、今頃のことですから、顔を隠した人物でも出てきて、「こんなことを言っていた」というような場面をいつまでもこれでもかと視聴者がうんざりするまで流し続けるのではないでしょうか。
 そんな裏付けが一切無いままの報道ですから、事実とは違う、「『お金があれば何でもできる』と豪語し」という言葉だけが一人歩きしているような気が私にはしてならないのです。
 先ほど説明した、私が見た唯一の裏付け場面がその根拠であるというのなら、「『お金があればできることが増える」というのは、常識ではないでしょうか。我々貧乏たれは、お金を持っていないから、思うことのほとんどがかないません。もしお金があれば、その思いのうちでかなうことはかなり増えるでしょう。
 これは何も違法なことをするからということではありません。たとえば人を助けようとしたところで、100円の寄付をするのと、何億かかけて外国の生活の困難な地域に医療を充実させるのと、どちらが社会貢献になるでしょうか。何億の商売をしながら、顧客に喜んでもらえる商売ができれば、それも立派な社会貢献でしょう。
 もっとも、いつもお金を持っていない私のようなものが大金を手にすれば、社会貢献より、社会に害悪を垂れ流す、権力を行使しようとする恐れの方が大きいかもしれませんが。
 今回の堀江氏の逮捕は、そのような行動をしてしまった人の逮捕であって、「『お金があればできることが増える」という考え方をした人の考え方が間違いであると決めつけるのは、全くの見当違いではないでしょうか。


株の売り買いで儲けるのが危ないという発言も気になる

 今回のlivedoorの報道では、株で損をした人がたくさんいて、株の売り買いで儲けるのはばくちをするのと同じようなもので、そんなものは堅気の人のすることじゃあない。もっと地道に働くことを考えなければいけない、というような意味の報道がなされることも多いような気がします。
 しかしこれもいかがなものでしょうか。株式投資で儲けることが卑しいことなら、商品を右から左に流して中間マージンを取ることも卑しいことになるでしょう。ひょっとすると、何も作り出さずに、サービスだけを売ってお金を得ることも卑しいことになってしまうかもしれません。
 そうなると、実際にものを作る「第一次産業の人間」だけが尊いというかなり前近代的な考え方になりかねません。
 株というのは、それになじんでいない一般庶民には分からないことが多くて、それで損をしたとか、ちょっとの時間パソコンの前で売り買いするだけで大もうけをしたなどという話を聞くと、「そんなのはまっとうな人間のすることではない」と思ってしまいます。しかし、その発想は、おそらくかなり自分の将来の可能性を自ら狭めてしまう発想です。
 個人でも、企業でも財産を持っている人の間では、おそらく自分の資産管理をするときに、その中に株式を組み入れるというのは常識です。それをしないで、銀行に貯金するだけで資産管理をしようとする人などいないはずです。というようり、そのような人は、残念ながらそんな金持ちには絶対になれません。
 ですから、これらの「株などまっとうな人間のするものではない」と言いたげな報道は、うがってみれば、「金持ちは当然金持ちのまま」に、「貧乏たれは金持ちにさせない」、そういう金持ちの策略に乗ったものだと私などは感じてしまいます。
 いわば「マスコミの愚民政策」です。


要は関わり方次第

 「そこまで言うおまえはさぞ株をたくさん運用しているのだろうな」といわれそうなところですが、今のところNekoは一切株をもっていません。株式投資をしなければいけないと思いながら、資料を取り寄せて、それでも何となく怖くて口座開設すら後に後にとなっています。ですからこんなことを言う資格はないのかもしれません。
 しかし、私も、なるべく早く少しだけでも株の世界を経験しないと、自分の将来の可能性をかなり限定してしまうと考えています。
 もちろん今回のような事件があったり、会社が倒産した場合には、株券が紙くずになるというリスクは、銀行に預けるよりもかなり高くなります。
 先物投資は、資金よりも高額の取引ができる分、失敗したときには、紙くずになるだけではなく、高額の負債が発生します。そのあたりはよくよく研究・理解して、自己責任でこの時代を乗り切らないといけません。

投稿者 Neko Fumio : 07:27 | コメント (0) | トラックバック(0)

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