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2005年11月19日
起業家教育
さてここまで来て、やっと最初の起業家教育の話に戻ってきた。我々は、結局「金儲けは罪悪だ」「立派な大人が本気で語るべきではない」というような雰囲気の中で生活し、「自分でお金を儲けてやろう」という気持ちを育てることのないまま、何の疑問を感じることもなく「人に雇われ、人からお金をもらう生活を当然だと考えて暮らしている。もし本気で起業家を育成する気があるのなら、「この我々が持っている常識は、必ずしも考え方のすべてではない」「別の考え方をすれば、苦しいかもしれないが、もっと別の豊かな展望をもたらしてくれるかもしれない」ということを本気で教える必要がある。
もちろん、自分で金儲けをする道は、たぶんそれだけでバラ色の道ではないだろう。「自由」は、それを持つことによって非常に魅力的な世界を提供してくれる。しかし反面、自由になれば、人はその自由の中で、何をどうするか自分で全部決めていかなければならない。これは想像以上にとても大変な作業であるから、その自由を放棄して、人に全部決めてもらって、自分はそこからもらう方の道を選ぶのだという人が多くでても全くそれは不思議ではない。
しかしそちらの道をたとえ選ぶにしても、別の道があることを知ってそれを選ぶのと、知らないでそれを選ぶのとでは、たとえ外見上の選択結果は一緒でも、内容はずいぶんと異なるのではないだろうか。
商業高校がこの社会で必要なものとして生き残るとすれば、それは以上のような教育をすることができたときではないだろうか。そのような教育を目指すことで、普通科はもちろんのこと、大学の経済学部や商学部ででさえ得ることができない、生きるための視点を与えるというとても重大な使命を担う。そうすれば、この世の中で商業高校はかけがえのない存在になるはずだと私は考えている。
そしてそうなることができる可能性は、「商業」高校という枠の中にとても魅力的な要素を持って存在しているのではなかろうか。
投稿者 Neko Fumio : 2005年11月19日 06:13
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