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   <title>るんるん余裕派の現代文といやいや苦虫かみつぶし派の現代文</title>
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   <updated>2018-12-28T06:29:02Z</updated>
   <subtitle>「日本人だから」「何となく分かるから」と現代文に本気で取り組むのを逃げていませんか。現代文は本気で取り組めば、誰でも成果を出せます。まずは取り組む姿勢を改めることから始めましょう。</subtitle>
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   <title>1.現代文学習時に感じる疑問</title>
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   <published>2007-07-01T08:46:06Z</published>
   <updated>2018-12-28T06:23:39Z</updated>
   
   <summary>　あなたはこれまで、るんるん余裕で現代文学習に付き合ってきたでしょうか。それとも...</summary>
   <author>
      <name>Neko Fumio</name>
      
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      <category term="0010-現代文学習法" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.syouron.com/genbun_howto/">
      　あなたはこれまで、るんるん余裕で現代文学習に付き合ってきたでしょうか。それとも、いやいや苦虫（にがむし）を噛（か）みつぶしながら、しかたなしに授業の時間を消化してきたでしょうか。
　現代文学習、特に現代文のテストを問題にする時、いつも問題になるのは、国語のテストには本当に客観性があるのだろうかということと、もう一つは、日常毎日使っている日本語を題材にしたテストであるのに、何故（なぜ）内容がさっぱり分からないのか。もしくは、内容は分かったはずであるのに何故点が取れないのか。つまり総（そう）じていえば、現代文の学習の仕方などないのではないかということではないでしょうか。
　上の、るんるん余裕派といやいや苦虫噛みつぶし派との分類でいうと、多分、るんるん余裕派に属する人たちは、好運にしてこのような疑問を抱（いだ）くことなく、現代文学習の仕方を会得（えとく）した人たちでしょうし、いやいや苦虫噛みつぶし派の人たちは、このような疑問に呪縛（じゅばく）されて、結局、不幸にして現代文という教科について漠然としかその特性を理解することができなかった人たちなのでしょう。
　結論からいえば、るんるん余裕派の人たちは既に現代文学習について興味を持っているはずですし、それなりにこの教科に対する自分なりのアプローチの仕方を持っているでしょうから、これまでのやり方でさらに経験を積んでもらえばよいと思います。
　けれども、これまでいやいや苦虫噛みつぶし派だった人たちは、このままでは実際どう現代文を征服するか戸惑（とまど）っているでしょうし、それをそのままにしておくのも、現代文を教える立場である私にしても寂しいものがありますから、特にこの人たちをメインターゲットとして、現代文学習の仕方について以下述べいきたいと思います。
　けれども、いやいや苦虫噛みつぶし派をメインの対象にとはいうものの、これらの内容は、たぶんるんるん余裕派の人にも充分参考になるはずだと私は考えています。
      
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   <title>2.なぜこの上日本語を勉強し、テストするのか</title>
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   <published>2007-07-01T13:27:06Z</published>
   <updated>2018-12-28T06:24:04Z</updated>
   
   <summary>　あなたは英語のテストと、国語のテストとで全く質が違うことに気がついているでしょ...</summary>
   <author>
      <name>Neko Fumio</name>
      
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      <category term="0010-現代文学習法" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.syouron.com/genbun_howto/">
      　あなたは英語のテストと、国語のテストとで全く質が違うことに気がついているでしょうか。英語のテストと同じ内容で国語のテストをするなら、おそらく皆さんのほとんどが百点に近い高得点を取るでしょう。言ってはなんですが、英語のテストの内容は、国語の教科書の内容と比較すると、おそらく小学校の教科書くらいのレベルにしかならないでしょう。
　これは英語を母国語としない私たちにとっては当たり前のことで、それによって英語の授業の方が国語の授業よりもレベルが低いなどと言うつもりは私には毛頭（もうとう）ありません。ただ、私たちは、日本語を母国語として生活し、ある程度の生活会話ならもう既に理解できるているのに、さらに今高校生になってまでまたなぜ点が取れないような国語のテストを受けて悩まなければならないのかを考えてみなければなりません。
　高校での国語教育の目的は、簡単に言ってしまえば、日常の生活レベルの思考から一歩進んで、物事を抽象的に整理して把握する能力を身につける準備をすることです。あえて誤解を恐れずに言うなら、大学でする、より専門的な学習にきちんとついて行くことができるだけの、思考力・言語能力を身につけることだと言い換えてもよいでしょう。（高校で就職する人たちにとっても、生活レベルではない一歩踏み込んだレベルでの思考の入り口だけでも知っておくことは、今後の社会生活の中で物事を抽象的・総合的に考えることができるようになるための準備になります。）
　このようなことを一度きちんと考えておけば、皆さんの嘆きであり、多くの保護者たちの嘆きでもある、「日本人なのに」という嘆きが、全く本当のところを分かっていないからこそ出てくる嘆きだということも分かるでしょう。
　高校での国語のテストは、日本語を母国語として育った人間がさらにその国語能力を高めたかどうかを試すものなのですから、その成果をはかるためには、日本人であるというだけでは得点できない、それでいて、努力した人だけが得点できる、そのような問題を是非とも考える必要があるのです。
      
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   <title>3.国語のテストで何が問われているか</title>
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   <published>2007-07-01T13:30:12Z</published>
   <updated>2018-12-28T06:24:50Z</updated>
   
   <summary>　これについては『ねこの小論文・作文講義』の（P10）でも説明しました。「小論文...</summary>
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      <name>Neko Fumio</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.syouron.com/genbun_howto/">
      <![CDATA[　これについては『ねこの小論文・作文講義』の<大学入試のいわゆる小論文について>（P10）でも説明しました。「小論文・作文」の話は置いておくとして、ここでは特に一般に行われる現代文のテストについて考えておくことにします。
　現代文のテストでは、文章が与えられて、その文章について内容を問うという形で出題されます。つまり、解答をするための根拠として、問題文と問いの文章とが与えられて、そこから「考えられることを答えよ」というのが現代文のテストなのです。ですから、このことをもっと視点を変えて説明するなら、「与えられた文章だけを根拠として、何が言えるのか」を常に考える習慣を身につけておかなければ、現代文の得点は全く期待できないということなのです。
　我々は、普通に本を読んでいる時は、必ずしも筆者の論理を忠実に追っかけているわけではありません。文章に書かれている部分的な所にところどころひっかかりひっかかりしながら、自分の興味が向くままにかなり勝手に読んでいます。つまり、私たちが普段ものを読むときには、筆者の意見を理解しようとする一方で、自分の意見もそれに混ぜ合わせてその読んでいる本を理解し、さらに多くの場合、筆者と自分とが混ぜ合わさったものに対して同化したり反発したりするというようなことを何気なくやっているのです。
　これと同じやり方をテストの時にやってしまうから、「あっている」と思った答えをことごとく×にされてしまうのです。それは、その解答に、元の問題文にはない回答者の「常識」を混じり込ませてしまうためです。回答者は当然だと思っているのに、元の文章にはそこまで言っていないようなことを、解答に付け加えてしまうために、現代文のテストでは不正解になってしまいます。その結果、「何で違うの。現代文の勉強の仕方などよく分からない」ということになってしまうのです。　]]>
      
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   <title>4.「筆者の考えと自分の考えとをはっきり分けて理解する」</title>
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   <published>2007-07-01T13:32:33Z</published>
   <updated>2018-12-28T06:25:13Z</updated>
   
   <summary>　このようなことにならないための、国語を学習する上での非常に重要な姿勢は、普段の...</summary>
   <author>
      <name>Neko Fumio</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.syouron.com/genbun_howto/">
      　このようなことにならないための、国語を学習する上での非常に重要な姿勢は、普段の何気なく自分の意見と筆者の意見とをまぜこぜにして理解するというやり方をきっぱりと捨てて、「どこからどこまでが筆者（他人）の意見だ」と正確に見極めようとして、それと自分の意見とをきっちり区別することです。
　私たちは普段日常生活ではこのような作業をやりませんが、せめて現代文を学習する時間にだけは、意識的にこれらを分けて捉える努力をして、相手の意見をよりよく理解し、それに対して自分の意見を考えるというような訓練をしなければなりません。
　その上で、現代文では「理解したことだけ」を、小論文では「自分の意見」を答えるのが、それぞれのテストへの対処法になります。
      
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   <title>5.筆者に答えを聞くのなどは全くのナンセンス</title>
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   <published>2007-07-01T13:36:19Z</published>
   <updated>2018-12-28T06:25:35Z</updated>
   
   <summary>　「筆者が問題に答えられないから、問題がナンセンスだ」とはよく言われる現代文のテ...</summary>
   <author>
      <name>Neko Fumio</name>
      
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      <category term="0010-現代文学習法" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.syouron.com/genbun_howto/">
      　「筆者が問題に答えられないから、問題がナンセンスだ」とはよく言われる現代文のテストへの批判です。しかしこんな批判をすること自体がナンセンスなのです。　
　一つには、文章が筆者の思っているとおりのことを表現しているとは限らないという問題があります。可能性としては、筆者の思いと、それを表現した文章との間には多少の隔たりがあるのがむしろ当たり前なのです。その場合、表現されていない筆者の思いの方を正解とするという考え方は、客観的な判断だとはとても言えないでしょう。作家研究ならいざ知らず、一般のテストにおいては、私たちは「表現された文章」によって、「表現された範囲での筆者の意図」を読み取るように要求されているにすぎないからです。
　次の問題は、私たちに与えられるのが、筆者の文章のうちの限られたごく一部分だということです。たとえばその筆者のことをよく研究していて、そこから帰納（きのう）して「ここの表現はこう理解するべきだ」というような読み方は、研究としてなら当然必要になってくるでしょう。しかし現代文の問題としては、「与えられた文章から何を読み取ることができるのか」を問われているのですから、このような本文にない先入観を元に答えたのでは、どんなにその正当性を主張しても、誤答だと判断されて当然なのです。私が先に言った、「筆者の意見と自分の常識とを混ぜあわせて理解する」というのは、このような読み方も含まれるのです。
　極端な話をするなら、元々の筆者の意図とは正反対のように受け取られる範囲を問題文として抜き出した場合、そこから読み取られることを答える現代文のテストでは、「元々の筆者の意見」とは正反対の意見が、正解の「筆者の意見」となります。
　確かにこのような問題を意図的に作ることは、作問者の良識を問われることになるかもしれませんが、たとえそのような設問であったとしても、問いと答えとの間に必然性がある限り、現代文の問題としては全く問題はないのです。
      
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   <title>6.すべての国語のテストは客観性を持たなければならない</title>
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   <published>2007-07-01T13:38:33Z</published>
   <updated>2018-12-28T06:26:03Z</updated>
   
   <summary>　「国語のテストがすべて客観的である」とは私も言いません。しかしすべての国語のテ...</summary>
   <author>
      <name>Neko Fumio</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.syouron.com/genbun_howto/">
      　「国語のテストがすべて客観的である」とは私も言いません。しかしすべての国語のテストは客観的でなければなりません。テストなのですから、国語のテストも、少なくともそれをめざして作られるべきものです。
　実際に行われているテストには、「なんでこの答えになるの」「ここまで要求するのは無理だろう」というものも結構多いです。しかしそれらに対応しようとして、これまで述べた現代文のテストに対応するための基本姿勢を踏み外してしまうなら、根本的な勘までが狂ってしまいます。
　そんな問題は結局ほとんどの人が答えられないのですから、そんな問題は無視して、基本的なやり方を忠実に守って、読解能力を磨くことに専念する方がよっぽど能率的で健全です。
      
   </content>
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   <title>7.方法について自覚的に取り組むのが現代文学習の近道</title>
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   <published>2007-07-01T13:40:45Z</published>
   <updated>2018-12-28T06:26:27Z</updated>
   
   <summary>　それでは具体的には実際どのような姿勢で現代文の問題に取り組めばよいのでしょうか...</summary>
   <author>
      <name>Neko Fumio</name>
      
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      <category term="0010-現代文学習法" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.syouron.com/genbun_howto/">
      　それでは具体的には実際どのような姿勢で現代文の問題に取り組めばよいのでしょうか。
　皆さんは、現代文の授業を受けたり、問題を解いたりする時、どの様な姿勢で文章を読んでいるでしょうか。漫然と問題文を読み、問いを解いているだけになってしまってはいないでしょうか。
　現代文の問題で要求されている「抽象的な思考レベルでの文章読解力」は、無自覚に漫然と文章を読んでいるだけでも簡単に身に付けられるほど、それほど易しいものではありません。
　一般に達成すべき問題が高度になればなるほど、それを達成するには、努力とともに、それを達成するための方法についても自覚的に取り組むことが必要になってきます。「方法」について自覚的に取り組むことで、それを自覚しない場合よりも遙（はる）かに効率よく、成果を手に入れることができるのです。
　現代文の学習においても、その学習法について自覚的に取り組むことがとても大切です。以下その方法についてもう少し詳しく見ていきましょう。
      
   </content>
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   <title>8.抽象的な思考レベルでの文章読解力の内容</title>
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   <published>2007-07-01T13:42:19Z</published>
   <updated>2018-12-28T06:26:58Z</updated>
   
   <summary>　現代文のテストで要求される「抽象的な思考レベルでの文章読解力」をどう身につけて...</summary>
   <author>
      <name>Neko Fumio</name>
      
   </author>
   
      <category term="0010-現代文学習法" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.syouron.com/genbun_howto/">
      <![CDATA[　現代文のテストで要求される「抽象的な思考レベルでの文章読解力」をどう身につけていくべきか。一口に「文章読解の力」というその内容についてもう少し詳しく説明すると次の表のようになります。

<div class="reiji"> 　<strong>文章読解力</strong>
<dl><dt>・文章読解の方法<dt>・予備知識<dd>・語彙<dd>・問題に出題される分野についての教養 </div>]]>
      
   </content>
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   <title>9.文章読解の方法を身につけるための読み方</title>
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   <published>2007-07-01T13:47:32Z</published>
   <updated>2018-12-28T06:27:23Z</updated>
   
   <summary>　まず読解の方法について考えます。これを身につけるために、私たちは文章を読むとき...</summary>
   <author>
      <name>Neko Fumio</name>
      
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      <category term="0010-現代文学習法" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.syouron.com/genbun_howto/">
      　まず読解の方法について考えます。これを身につけるために、私たちは文章を読むとき、どのような姿勢を持っていたらよいでしょうか。
　それはたった一言に尽きます。「筆者の言わんとすることをなるべく忠実に追っかけようとする」こと、これしかありません。先にも説明したように、私たちが普通に本を読んでいる時には、必ずしも筆者の論理を忠実に追っかけているわけではありません。文章に書かれている部分的な所にひっかかり、ひっかかり、自分の興味が向くままにかなり好き勝手に読んでいます。ですから、このような読み方で、何気なく文章に接していくやり方のままでいると、高校になってかなり内容の濃い文章になってくると、本をよく読んでいる人が必ずしも現代文の試験でいい得点をあげるとはかぎらなくなります。
　大学入試に出て来る文章はかなりむつかしいです。我々の日常生活ではこのような文章に触れることはまずありません。それどころか現代文の教科書に載っている文章よりもかなり文章が難しいのです。ということは、自分の勝手な感想をなるべく押さえながら、筆者が何を言おうとしているのか、そこに何が書かれているのかを必死になって追いかけていかないと、これを正確に理解することなど到底できるものではないのです。
　文章を読解する方法を身につけるためには、「自分」をなるべく入れないようにして、まずそこに何が書かれているのかを常に問う姿勢を持つことです。そして勉強をする時、文章の頭からなるべくこだわれるだけこだわりながら読んでいくのです。何故こう書いてあるのか、これはどういうことだろうか、ここはさっきこう書いてあった所の言い換えではないか、と。
　「文章の細部にこだわりながら読んでいけと言ったって、そんなことをしていたら時間がいくらあっても足りやしない。試験で一問にかけることができる時間はせいぜい二十分なのに」と皆さんは思うかもしれません。しかしそうではありません。日頃からこだわりながら読んでいくことによって文章を分析的に読む習慣が身に付きます。文章のある一部分が全体の中でどのような意味を持つのかを常に考えるようになるのです。だからこそ、二十分という限られた時間に急いで読んでも、無意識のうちに大切な所を押えて読むことができるようになるのです。これが読解の方法を身につけるということです。
　つまり日頃時間をかけて文章を分析的に読む訓練をする（当然辞書を引くことも必要になってくるはずです）ことによって、急いで読んだ時や、そのようなことを余り意識しない時でも自然とその力が発揮されるようになるのです。
      
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   <title>10．予備知識とは</title>
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   <published>2007-07-01T13:48:52Z</published>
   <updated>2018-12-28T06:27:46Z</updated>
   
   <summary>　予備知識には、そこで使われている言葉についてのもの［語彙］（ごい）と、問題に出...</summary>
   <author>
      <name>Neko Fumio</name>
      
   </author>
   
      <category term="0010-現代文学習法" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.syouron.com/genbun_howto/">
      　予備知識には、そこで使われている言葉についてのもの［語彙］（ごい）と、問題に出題される分野についての教養とがあります。
　語彙については、前項で述べたこだわって読むやり方をやっていれば、必ず言葉について敏感になり、辞書なども一生懸命引くようになるはずですから、ここでは改めて説明しません。
（こんな回りくどい言い方をやめてしまうなら、分からない言葉を分からないままほおっておいて読解の勉強になどなるはずがないのです。
　国語の成績を上げたければ、手始めに片っ端からまず分からない言葉を辞書で引けということです。）
      
   </content>
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   <title>11．問題に出題される分野についての教養</title>
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   <published>2007-07-01T13:50:35Z</published>
   <updated>2018-12-28T06:28:15Z</updated>
   
   <summary>　我々がテストなどで文章を読む場合、自分の知っている分野、得意な分野についての設...</summary>
   <author>
      <name>Neko Fumio</name>
      
   </author>
   
      <category term="0010-現代文学習法" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.syouron.com/genbun_howto/">
      　我々がテストなどで文章を読む場合、自分の知っている分野、得意な分野についての設問であった時には、いつも以上によくできたということがあるはずです。それがここでいう教養の力です。
　このことの大切さは時々取り上げられます。その結果、「本をよく読め」などというアドバイスが平気でなされるのです。これは確かに理想です。しかし、そのためには、どのような本をどれだけ読めばよいのでしょうか。そこらあたりの適切なアドバイスがないなら、国語のみならず数学も、英語も、理科も社会も勉強しなければならない高校生は忙しいから、そうもしなくてはならないと焦（あせ）るだけ焦ってみても結局それだけで終わってしまうことになるのではないでしょうか。
　この教養というものは、今までやっている勉強の外に求めてはいけません。むしろ、今やっている勉強の中で身につけようと考える方が効率的です。（ただし、もちろん夏休みには、自分の進路に関係する分野について、岩波新書の一冊を読むくらいの努力は必要ですが。）
　国語の問題に当たった時、その問題文から物事についての問題意識を学ぶつもりで読み、自分ならそのことをどう考えるだろうかと考え、自分自身の考えを育てるように心がけください。 
　そして、他教科の勉強。得に社会科の勉強に、それぞれの分野に、ものの見方を持とうという気持ちで取り取り組まなければなりません。
　『ねこの小論文・作文講義』でくどく述べたのでここではそれほど繰り返すまでもないことですが、小論文の練習、その用意のための努力もここで言う教養を高めます。使えるものはすべて使って、自分の教養をできるだけ高めようとする姿勢持ってください。
      
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   <title>12．個別項目</title>
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   <published>2007-07-01T13:52:02Z</published>
   <updated>2018-12-28T06:28:41Z</updated>
   
   <summary>　文章を意識的に読む訓練をする意味で、問題文の大切なところに線を引き、印（しるし...</summary>
   <author>
      <name>Neko Fumio</name>
      
   </author>
   
      <category term="0010-現代文学習法" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.syouron.com/genbun_howto/">
      <![CDATA[<div class="reibun"><ol><li>　文章を意識的に読む訓練をする意味で、問題文の大切なところに線を引き、印（しるし）をつける訓練をする。こうすれば、後に問題文を見返す時にどこが大切だったのか一目でわかります。</li><li>　問いを注意して読む習慣を身につける。正解は問いを注意深く読むところからしか生まれません。</li><li>　読解力を意識的に訓練する目的で著（あら）わされた参考書を活用する手もあります。たとえば、『田村の現代文講義１』（田村秀行、代々木ライブラリー）など。説明を自分が理解しやすい、自分に合ったやつを何でもいいから一冊選んでやってみましょう。<br />
　ただし、るんるん余裕派の人は、方法にあまりこだわらず、各文章の読解を中心に据えた参考書の方が良い場合もあります。<br />
　チャートなど文章の解説を主としたものを利用するなら、解説部分をじっくり読んで、その中から、読み方をくみ取ろうと努力して読む。<br />
　大部なものを全部やろうとすれば大変ですから、薄いもので充分です。いずれにしても欲張らず一冊全部をとことん（できれば何度も）やってこそ効果が上がります。</li><li>　受験二カ月くらい前になったら、問題集を一問二十分で解く練習をします。ただし、その場合も解説を後からよく見て考えておきます。</li><li>　大学入試センター試験には独特の紛らわしさがあります。この選択肢形式に慣れるには、過去の実際に実施された本番の問題に当たって十分慣れるしかありません。問題集業者がこの出題形式に合わせて様々な問題集を出していますが、それらはどれも使わない方がよいです。問題の紛らわしさの質が微妙に違っていますから、それらでは練習にならないのです。（センター試験で過去に出題された問題を集めた問題集（教学社）を利用するべきです。）</li><li>　自分の志望校の赤本は当然やる。</li><li>
　とにかく、自分で必死になってやるしかありません。やればやっただけ、やらねばやらなっかただけの結果がでると信じて頑張りましょう。</li></ol></div>]]>
      
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   <title>13．終わりに</title>
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   <id>tag:neko.s6.coreserver.jp,2007:/www.syouron.com/genbun_howto//6.500</id>
   
   <published>2007-07-01T13:58:49Z</published>
   <updated>2018-12-28T06:29:02Z</updated>
   
   <summary>　以上、特に現代文のテストにいかに対応するべきかに焦点を当てて、現代文学習の仕方...</summary>
   <author>
      <name>Neko Fumio</name>
      
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      <category term="0010-現代文学習法" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.syouron.com/genbun_howto/">
      　以上、特に現代文のテストにいかに対応するべきかに焦点を当てて、現代文学習の仕方について述べてきました。これで少なくとも、冒頭に述べた二つの疑問については解決したのではないかと思います。
　世の中には才能のある人たちがいて、多分、るんるん余裕派の人たちも、ある程度無意識の内に以上述べたような方法を取りながら、さらに自分の興味を発展させてきた人たちなのでしょう。こういう人たちは、冒頭にも言ったように、私がここでくどくどと述べたことにはあまり神経質はならない方が良いかもしれません。方法などという無骨（ぶこつ）なものを振り回すことで、かえって無意識が無意識の内にいかなくなることのないよう、自分のやり方に沿って、才能をますます発展させてください。
　実をいうと、私自身、いやいや苦虫噛み潰し派という程ではありませんが、全く国語の才能などというものに恵まれていない人間のような気がします。ですから、方法などという無骨なものを振り回すことにもなるのですが、だからこそ、いやいや苦虫噛み潰し派の人たちにも、国語の客観性や面白さを知ってほしいと思っているのです。
　理数系の人たちが、論理的思考の積み重ねを大切にする人達であるとするなら、世間の常識とは逆に、これらの人がむしろ評論で高得点をあげるということも当然考えられることです。はじめから毛嫌いせずに、自分に納得のいくやり方を探す努力をしてみてください。
      
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